幸英明って何者?3冠制覇・大怪我・ボートレースへの愛
幸英明は中央競馬に所属するジョッキー。
昨今全国各地のボートレース配信に出演し話題を呼んでいる名手について今回は深く掘り下げていきます。

幸英明
馬質を問わない鉄人ジョッキー

選手情報

幸英明 写真

所属
栗東10

幼少期


幸英明は1976年に神奈川県横浜市で誕生しその後鹿児島県鹿屋市にて幼少期を過ごした九州男児。

九州は競走馬の生産も盛んで実家の近くには伊藤牧場という生産牧場がありましたが、競馬とは無縁の学生生活を過ごしていました。

中学生の時に道端に落ちていた子犬を飼わせてほしいと親にお願いをすると「(当時所属し始めたばかりのテニス部の)大会で優勝したら許す」と言われほぼ初心者ながら1年生で県大会で優勝をしたという逸話があります。

中学3年生の時に母親の入院をきっかけに伊藤牧場のスタッフと知り合い「体も小さいし、騎手になればいい。お金持ちになってきれいなお嫁さんをもらえるぞ」とジョッキーの魅力を紹介。
持ち前の運動神経を活かせるなら・・という気持ちで騎手学校の試験を見事に突破し競馬学校10期生として入学します。

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なお母親が入院したのは幸英明が拾って来た愛犬が石油缶をこぼした際、足を滑らせて腰を強打したことが原因でありきっかけの連鎖がジョッキーという道へ続くことになりました。

競馬学校時代

3年間という長い期間に渡り敷地内や研修先の厩舎での長い修行期間が続く競馬学校。
競馬学校に入るまで馬に一度も跨ったことないまま入学した幸英明はその厳しさを日々痛感することになります。

当時から甘いものが大好きであった幸英明は渡辺薫彦(現調教師)以外の8名でコンビニへ行くために脱走を決意するも失敗に終わり3ヶ月間の外出禁止令の処分を経験。
渡辺薫彦以外の全員がこの期間中は馬に乗ることも禁止され全員がそれを正座で眺める時期もありました。

学校卒業が近づくにつれて所属先となる厩舎を探す中、九州馬を数多く管理し「九州産馬の谷」の愛称で知られた谷八郎調教師に弟子入りを果たします。
九州出身の候補生がいると馬主を通じて知った谷八郎からのアプローチによって誕生したこの師弟関係は後のG1馬との出会いにも繋がっていきます。

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谷八郎厩舎には当時「天才」と言われた田原成貴ら4人の兄弟子も所属していました。

 

周囲のサポートで早くから台頭

1994年にシャイニングベル号でデビュー(結果は6着)した幸英明はこの年に23勝を記録。
4月に初勝利を挙げたこの馬は兄弟子の田原成貴、山本康二ら兄弟子達が騎乗をしていた馬であり、周囲のサポートを新人時代から手厚く受けていました。

翌年の天皇賞(春)ではクリスタルケイ号でG1初騎乗(結果は14着)を経験。
その後も着実に勝利数を伸ばしながら1998年にG3京阪杯にてブラボーグリーン号で重賞初制覇を達成しました。

名牝との出会い

幸英明を語る上で欠かせない馬というのは何頭かいますが、その中で最もファンの印象に残っているのは牝馬3冠レースを制覇したスティルインラブ号でしょう。

この頃の幸英明は谷八郎厩舎からフリーに転身しコンスタントに活躍をするもデビューから10年を間もなく10年を迎える中でG1には届くことはありませんでした。

そのような状況の中で出会ったスティルインラブ号はデビュー前から毎週のように騎乗をしたことで本来予定されていた主戦ジョッキーではなく幸英明に騎乗依頼が来たというエピソードがあります。

初めて騎乗した際から「新馬戦は勝つだろう」と一定の素質を感じていた通り1番人気の支持に応え初勝利を挙げると、続く紅梅Sを勝利し桜花賞トライアルレースのチューリップ賞に出走。
ここで初めての敗戦となる2着に敗れるも桜花賞の権利を勝ち取りクラシックへの駒を進めて行きました。

ここでも1番人気に支持されたスティルインラブ号はスタートから番手につけると4コーナーを抜け直線で先頭に立つと後方から追い上げて来る馬達を振り切りG1初制覇を達成します。

この勢いのまま挑んだ優駿牝馬(オークス)では距離延長に対応するべく中団で脚を溜め直線外からの追い込みを決め2冠制覇を達成。

桜花賞を勝利しながらレース当日は桜花賞で先着を果たしたアドマイヤグルーヴが圧倒的1番人気(単勝1.7倍)と評価が下がる場面もありました。
騎手が違えば(アドマイヤグルーヴには当時全盛期の武豊が騎乗)人気も違ったんじゃないですかね」と後年になり幸英明は振り返っています。

メジロラモーヌ以来となる3冠達成を目指した秋初戦のローズSで5着に敗れるもこの頃から気性面に課題を見せ始めたスティルインラブ号。
またしてもアドマイヤグルーブに本番では1番人気を許す形となった秋華賞では反抗的な態度と向き合いながらも勝利を飾り春先までG1未勝利の鞍上から一転し3冠ジョッキーの仲間入りを果たすことになりました。

しかし、気性面の課題が増し以降は1度も勝利を挙げることが出来なかったスティルインラブ号は5歳秋に引退を表明。
デビューから16戦全てで幸英明が鞍上を務め引退後は繁殖牝馬としての活躍が期待されるも引退からわずか2年後に腸重積を発症しこの世を去りました。

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3冠達成後、騎乗依頼の裏にはかつての兄弟子である田原成貴から幸英明を乗せてほしいと松元省一調教師からのアプローチがあったことを明かされました。

田原成貴は引退後に調教師に転身するも銃刀法違反や覚醒剤所持により調教師免許剥奪。

その後はしばらく表舞台から立ち去っていましたが、最後の最後まで弟弟子へのアプローチを忘れることはありませんでした。

 

鉄人ジョッキー

3冠牝馬との出会いをきっかけに騎乗依頼が増加していく中で幸英明には今も崩すことのない1つのポリシーがあります。
それが「受けた騎乗依頼は理由が無い限りは断らない」ということです。

時には有力馬、時には能力が足りないとわかっている馬であっても乗り方を工夫し1つでも上の着順を目指す姿勢は調教師、馬主、そして馬券を購入するファンから高く評価を受けています。
年間1000回以上レースに跨り続け毎年のように騎乗数No1を和田竜二(現調教師)と競り合う幸英明はこの積み重ねの中で次なる名馬との出会いを果たすのでした。

砂の帝王ホッコータルマエ

幸英明を語る上で欠かせないもう1頭の名馬であるホッコータルマエ号に初めて騎乗をしたのはデビューから5戦目の自己条件でした。
後に名馬として語り継がれる馬ですが新馬戦では11番人気(単勝107.7倍)の11着、母のマダムチェロキーも自己条件止まりとスティルインラブ号とは対照的な目立たない存在でした。

初めて騎乗したレースで勝利した直後、「重賞を勝てる」と背中に素質を感じると地方交流重賞ジャパンダートダービーに参戦も5着に敗れこの際に揉まれ弱さと砂を被れない課題が露呈。
この課題は結局引退まで解決することはありませんでしたが、「絶対にこの弱点をばれないように騎乗をする」と決め以降は1度を除いて全てのレースで手綱を取り続けました。

砂を被れないなら逃げ馬として大成させるプランも考えられた中で、今度は馬がそれを拒む様な走りに苦労しながらも古馬となって以降はチャンピオンズカップ、川崎記念、JBC競走、東京大賞典など地方交流を含めG1を10度制覇。
2014年~2016年にはドバイワールドカップに挑戦も並走する車やスピーカーに反応して力を出し切れなかったり、レース後にストレス性腸炎を発症したりと非常に繊細な馬でした。

その一方で現役晩年の跛行を除けば大きな怪我はなく全39戦を走り抜いたホッコータルマエ号は2017年より種牡馬として第二の人生を歩むべく無事に引退を迎えることが出来ました。

アカイイトで結ばれた岡浩二

2020年にG1エリザベス女王杯を制覇しデビュー28年目での有馬記念騎乗を叶えたアカイイト号。
同馬の馬主である岡浩二とは2003年のスティルインラブ号の3冠制覇を祝うパーティーにて馬主資格を取得したばかりの段階で出会うことになります。

関西出身ながら母親の地元が九州という縁から九州生産馬への強いこだわりを持つ岡浩二の所有馬達の1頭であるヨカヨカ号にて2021年にG3北九州記念を制覇。
熊本県生産馬が史上初めて中央競馬の重賞を勝利(九州生産馬では16年振り)の偉業を成し遂げ次はG1へと期待されるも残念ながらその後、怪我により引退となってしまいました。

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この前年には師匠の谷八郎が死去。

一周忌を終えたばかりのこのタイミングでのチーム九州での重賞制覇はG1制覇ばりに嬉しかったと振り返っています。

 

しかしこの悔しさを晴らすべく同年のエリザベス女王杯にて当時お手馬が不在であった幸英明に騎乗依頼を行いその期待に応えると、その後引退までの全てのレースで手綱を取り続けました。

2026年には全妹、同馬主のアイサンサン号にも騎乗をしG3愛知杯を制覇。
岡浩二の有力馬と幸英明のコンビは自己条件戦を含め数々の実績を残しています。

2度の大怪我からの復活

幸英明 怪我

鉄人と言われた幸英明も50歳を迎えたこのタイミングで騎手生活を脅かす危機的状況を迎えることになります。

2025年8月、落馬時に右足踵を骨折。
そこからわずか2カ月で復帰を果たしファンを安堵させたかと思ったのも束の間、その2週間後に再びの落馬負傷により長期欠場を強いられます。

下された診断結果は、両側多発肋骨骨折、右鎖骨骨幹部骨折、腰椎横突起骨折、左足関節果部骨折、左肺挫傷・多発外傷性肺嚢胞、左外傷性血気胸・緊張性気胸と全身の大怪我
肋骨の3本が肺に刺さり心臓を圧迫したこの大怪我は一歩間違えれば命を落としていました。

さすがに今回は長期休養は免れないだろうと誰もが思った中、翌年1月に調教を再開し復帰1日目にて早くも復活の勝利を挙げました。

復帰後もコンスタントに騎乗を続け2026年2月にはデビュー31年11月18日にて史上最速となる25000回騎乗を達成。
2027年には息子の幸大斗がデビュー予定もまだまだ現役への強いこだわりを示しています。

幸英明 エピソード

趣味

ゴルフ

若手時代に馬主や調教師に誘われ始めたゴルフはベストスコア66とプロレベルの実力を持っており、武豊からは「なる職業を間違えたんじゃない?」とその実力を絶賛。

※なお武豊も若手時代から「プロを目指さないか?」とオファーがあるほどの実力者

競馬で1年間に1000回騎乗する傍ら200ラウンドを回ったりと休みの日は没頭するほどですが、始めた当初は下手で猛練習を重ね続け現在に至ります。

競馬と同様にオーナーや調教師からのゴルフの誘いを一切断ることはなく、これが結果としてオーナーとの交流の機会にも繋がり騎乗数確保に一役を買うこともあります。

ボートレース

幸英明 ボートレース

幸英明=ゴルフ」と競馬ファンの中でも長らく認知されてきた中で、昨今新たに注目を集める趣味がボートレースです。

競馬学校時代の実習の一環でボートレースびわこに行った際には特に興味を示すことはありませんでしたが、先輩の佐藤哲三(現 競馬評論家)に誘われ始めるとその世界に熱中していきます。

2020年頃よりYouTubeでのボートレース配信番組が増加する中で、全国各地の番組に出演。
時には共演者達を驚かせる金額を入れながら当たっても外れても常に笑顔で淡々とレースを見つめる姿は話題となりました。

中央競馬所属騎手はルール上、中央競馬の馬券購入は禁止ですが、地方競馬の馬券を購入することは可能の為、それらの配信に出演することは可能となっています。
しかし何も断わらないことで知られる幸英明はそれらの番組出演や、競馬関係の取材の多くにはNGを出しており、ボートレース配信番組に関しては受けたオファーを可能な限りで承諾しています

踵を骨折した際に1日だけ外泊許可が出た際にはタクシーで行くことができる大阪のスタジオなら問題はないとスタジオに駆け付け舟券勝負を満喫。
別の日にはゲストとして呼ばれていないにも関わらずボートレース徳山のスタジオに現れたりなどその愛の深さは計り知れないものがあります。

そして2026年4月にボートレース宮島の配信に出演した際には「なぜこれだけ大怪我をしながら復帰をしたのか?」と聞かれ「現役騎手でないと呼ばれなくなるから」と冗談交じりに回答し共演者達を笑わせました。

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幸英明はSNSを一切行っていませんがYouTubeのアカウントは所有しており大好きなビスコのパッケージをアイコンに設定。

「生存報告」と題して全国各場のボートレース番組のコメント欄に前触れなく現れることもあります。

調教師転向説

2016年頃にモチベーションの消失や将来を考え調教師になるべく騎乗数を減らし勉強に専念した時期がありました。

この際に騎乗フォームを見直すべく科学的な解析やアドバイザーからの講義を聞く中でフォームを一新。
「焼きそば追い」と呼ばれた岩田康誠を真似た競走馬の上で上下に激しく揺れる騎乗スタイルを止めたのも丁度この時期でした。

新たな発見と競馬の面白さを見出したこの一件を通じ調教師転向を一時封印することにしました。

メモリアルの風習を変える

幸英明 メモリアル

競馬界では節目の勝利や記録の際にそれを祝うセレモニーが実施されます。
幸英明はこれらのセレモニーに時間が許すときは先輩、後輩を問わず全て参加を心掛けており、時には後輩ジョッキーのプレートを持つこともあります。

この事について聞かれ幸英明は「人が幸せな時に僻んだり、妬んだりせず、一緒に心から喜べる人間になりなさい」という母親からの言葉や、当時はまだジョッキー1人で行うのが当たり前だった時代に自身の節目の勝利時に駆け付けた池添謙一の姿に感動をしたことがきっかけになったと語っています。

池添謙一、幸英明らのこれらの動きもあり今では多くのジョッキー達が記念の瞬間を共に分かち合うことが当たり前へと変化していきました。

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なおこの両者は「栗東プロレス部」と呼ばれるじゃれ合いを20代の頃から繰り広げており、その一部始終を収めた動画は現在もYouTubeやニコニコ動画にて転載が行われています。

動画を見る

 

かつての兄弟子達のように

幸英明 アイタカ

2023年8月、九州生産馬限定の新馬戦で勝利をしたアイタカ号。
谷潔厩舎、岡浩二オーナー、幸英明のチーム九州でのデビューが噂された馬の背にいたのはこの年にデビューしたばかりの女性ジョッキー河原田菜々でした。

実は幸英明から「小柄な牝馬のアイタカは減量ジョッキーが良い。菜々ちゃん(河原田)を勝たせてあげてください」という進言があり陣営もこれに応え騎乗が実現する運びとなりました。

かつて兄弟子達が有力馬を自分に譲ったように年長者となった現在は自身が後輩達へ勝てると思った馬でもあえて譲ることもあります。

そのような姿を知る永島まなみは自身の理想の父親像として幸英明の名前を挙げ「優しさの塊。ヒデ様」と語っています。

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河原田菜々の所属先である渡辺薫彦調教師は競馬学校時代からの同期という縁もあり気にかけていました。

結婚・子供

綺麗な奥さんと結婚できるぞと中学時代にジョッキーの魅力を伝えられ幸英明は一般女性と結婚し3人の子供にも恵まれました。

デビュー3年目の時に知り合いすぐに結婚を決意するも師匠の谷八郎は「まだ早い!」と幸英明の意見を反対をしても意志を貫きました。

息子の大斗は幼少期から乗馬クラブに通っており、上述の通り父親の姿に憧れ2027年にジョッキーとしてデビューを予定しています。

幸英明 まとめ

競馬界きっての人格者として多くのファンから愛される幸英明。そんな彼の最大の目標は「日本ダービー」を制覇することです。

数々の馬の背を知り、その能力を最大限に引き出す騎乗を心掛ける男にその夢を叶える馬は現れた際、その最大の夢が実現するかもしれません。

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