西山貴浩(福岡): みんなを笑顔にする最強のエンターテイナー
管理人・K
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2025年、待望のSG優勝を果たした西山貴浩。

艇界のエンターテイナーとして数々の伝説を残してきた人気者がデビューから20年の節目を迎えた今年ビックタイトルを獲得しました。

今回はそんな西山貴浩のこれまでの数々のエピソード、活躍を徹底的に掘り下げていきます。

西山貴浩
これまで

選手情報

西山貴浩 写真

支部
福岡97

ボートレーサーを目指すきっかけ


福岡県北九州市八幡西区に生まれた西山貴浩は小さい頃から大のオートレース好きでありポケバイを趣味に親戚たちとパーツを組んでは遊んでいました。

ある日、ボートレースが好きだった父親に連れていかれた2002年のSGオーシャンカップにて優勝した植木通彦、そして藤丸光一の姿に衝撃を受けボートレーサーを志しました。

中学3年生の頃に親に無断でボートレーサー養成所の試験を受けるも不合格となると続く2度目の受験でもまたしても一次試験での不合格となり落ちた理由がわからず父親に相談。

受験の内容を学科と基礎体力であることを話すと「そこ(学科)じゃろうかい」と当時トレーニングばかりを行っていた西山貴浩は根本的な問題に気づき勉強面にも力を入れたことでそれから1年後に4度目の受験で合格を果たし97期候補生として養成所への入所を果たしました。

変人揃い?97期生

西山貴浩が共に養成所を過ごした97期生は西山貴浩からみても「変なやつしかおらん」と語るほど一癖も二癖も強い同期達が集まっています。

池永太 写真

西山貴浩とはデビュー後も同じプロペラグループに所属する盟友の池永太は宮崎弁の訛りがキツ過ぎて何を言ってるのかわからないのに養成所の部屋長に就任。教官からの連絡事項が部屋内の他の候補生に上手く伝わらないことが理由で愛のある指導を受けていました。

二次試験で同じ班になった池永太から「おめぇ16歳?もってぇねぇ、もってぇねぇ!けぇれけぇれ!」と煽られた西山は「何こいつ。絶対に無理(落ちる)やわ」と心の中で思っていました。

この他にも双子レーサーの山口修路&山口隆史、おしどり夫婦で知られる田中和也&原田佑美、馬主としても活躍する丹下将、長岡良也、土屋智則、柳生泰二、山口達也など個性派揃い。

97期出身選手はお互いの印象を聞かれてると「変わったヤツが多い」「クセが多い」、「変なのばっかり」、「自分が一番まとも」とそれぞれが称していますが、その絆は他の期とは比べ物にならないらしく、2023年に土屋智則がボートレースクラシックでSG初制覇を決めた際には斡旋や予定がない97期組を全員招集。札幌のホテルを一棟貸切って祝勝旅行が実施されました。

養成所時代

ボートレーサー養成所 サムネイル
今でこそ記念戦線を盛り上げるスター選手となった西山貴浩ですが、訓練生時代は苦労の連続でありクビ(退所)の最有力と言われていました。

しかし当時担当をしていた納富英昭教官がそんな西山貴浩をサポートすることで成績が向上。

実技練習が始まると抜群の運動神経を活かして成績が安定し無事に卒業。2005年にボートレーサーとしての第一歩を歩み始めました。

2人に関する㊙エピソード

西山貴浩の出産費用は納富英昭がボートレーサーとして活躍してた頃に父親が2連単舟券を当てて捻出。

父親から話を聞いていて名前は知っていた人だったため初めて会った際にお礼を言いました。

原田富士男からの金言

養成所を卒業した西山貴浩は福岡県に存在する三地区(福岡・芦屋・若松)の中の若松地区に拠点を置くことなりました。

西山貴浩 師匠①
そして後にボートレース養成所の教官となる原田富士男のプロペラグループに池永太と共に所属(デビューしてから1年間は実家で池永太と共に暮らしていました)

デビュー期にいきなり2本のフライングを切り長期休養を強いられた西山貴浩はここで原田富士男より2つの言葉を授かることになります。

1つ目が「ボートレースはスタートじゃない。道中の走りを磨け。ゴンロクを獲るな」という言葉です。

当時A1級ながら平均STが0.25秒~0.27秒と「A1級で一番スタートが遅い」と言われながらも巧みな道中戦を繰り広げる原田富士男の言葉には重みと説得力があったと語っておりフライング休み中には練習にも顔を出しては西山貴浩に道中の極意を伝授していました。

2つ目が今の西山貴浩のルーツとなっている「とにかく笑っておけ」という言葉です。

お前みたいな顔をしているヤツがしかめ面をしていると怖すぎる。笑っておけばいいことがあるから」と助言を受けたことをきっかけに自らの座右の銘を「笑う門には福来る」として掲げています。

ちなみに・・・

スタートが見えないことを原田富士男に相談すると「スロットで目押しが出来ないとスタートは出来ん!」と言われ原田富士男に弟子入りをした池永太と共にパチンコ店に通い必死に練習をしていました。

 

艇界のエンターテイナー

2008年に地元であるボートレース若松で初優勝を飾った西山貴浩。

それから3年後の2011年にはSGデビュー、初勝利とA1級の常連選手へと成長をしていきます。

西山貴浩 パフォーマンス②

「人を楽しませたい、笑わせたい」という気持ちが強い西山貴浩はこの頃からSGやG1の初日挨拶にてパフォーマンスをしたり、節間中に様々な発言で盛り上げるような一面を見せ始めます。

この背景には「早い時間からボートレース場に遊びに来ている人たちにお礼をしたい」、「ビックレースになると登録番号の兼ね合いで1つ前に登場する篠崎元志が女性ファンから歓声を浴びて直後に登場し盛り下がることへの対抗心」にはいくつの理由が関係をしています。

しかし、まだ若手で記念戦線へ出たての頃は周囲からの目は冷たく時には先輩レーサーから叱られたり叱責を浴びることもあった西山貴浩ですが、そのような言葉に屈することなく続けていき今では西山貴浩のそのような姿に憧れ後輩選手達がファンを盛り上げるべく様々な催しを行うようになっていきました

植木通彦は西山貴浩のこのようなパフォーマンスを始めた当初、特に不満を持っており原田富士男に対し「お前の後輩どうなってるんだ?」と激怒。

しかしこれに対して原田富士男は「お前のためならいくらでも頭下げたるけん、やるなら思い切ってやれ」と西山貴浩には言っており周りにも恵まれていたからこそ続けることが出来ました。

 

G1初制覇・グランプリ優出

2020年9月にボートレース徳山で行われたダイヤモンドカップにてG1初優勝を達成。

この直前に山口支部のレジェンドである今村豊が電撃引退を発表。3号艇で優勝戦に進出していた愛弟子の白井英治の執念の攻めを見事に振り切ると2着だった盟友で池田浩二とレース後には水面でグータッチをする場面もありました。

池田浩二とは支部も違えば年齢も一回り離れつつも「浩二さんはポンコツ」と茶化し合う関係。

またこの年はSGグランプリにも出場。賞金7位~18位のトライアル1を勝ち上がると続くトライアル2では抽選で相次いで1枠をゲットしいずれも逃げ切りを決め得点率2位で優勝戦に進出。

艇界のスターである峰竜太を撃破しSG制覇を狙った大一番でしたが、残念ながら5着に敗れその夢は散ってしまいましたが、コロナ禍でボートレースが注目を集めることになったこの年の活躍を機に西山貴浩のボートレーサーの人気は大きく上昇をしていくこととなります。

この年は妻の千春さんの姉がガンによりこの世を去っており生前にグランプリに行けるよ!と約束。

その約束を果たすべく走り続け有言実行を果たしました。

 

ポンコツ会設立

西山貴浩 ポンコツ会

西山貴浩を語る上で最近欠かせなくなった「ポンコツ会」と呼ばれる一大グループ。

元々は先輩の大庭元明を励ます、褒め讃えることをきっかけに設立され林恵祐らと飲み会を行う小さなグループでした。

ある時、この3名がボートレース住之江の一般戦で同じ斡旋を受け大庭元明、林恵祐の両者が宿舎にて減量を宣言しながら売店で上手い棒を大量に買い部屋で食べる姿を見て「もうこいつらポンコツや~」と西山貴浩がツッコミを入れたことからポンコツ会と言う言葉が誕生しました。

その後、このポンコツ会は福岡支部を筆頭に全国の西山貴浩がポンコツだと思った選手達が次々と招集される一大グループへと成長。

ボートレース場がない地域にも関わらず僕らのことを応援している、ボートレースを楽しんでいただいている人たちに恩返しをしたい」という西山貴浩の意向もあり全国のボートレースチケットショップ(BTS)でのイベントも積極的に開催をしています。

ちなみに

今でこそ西山貴浩と連日飲み歩く仲間である大庭元明は西山貴浩を当初は嫌っており関わり合うことを避けていました。

 

待望のSG制覇

そして2025年7月27日、ボートレース徳山で行われたSGオーシャンカップで見事に初のSG優勝を達成。

この節間は優勝候補と言われた選手達が次々と脱落をしていく中で伸び型のエンジンを見事に出足型に調整を成功させるとシリーズリーダーの座を獲得。

インが有利とされるボートレース徳山の水面傾向にも恵まれ2号艇の馬場貴也、3号艇の河合佑樹の攻めを振り切り先頭でゴールイン。レース後には会場のファンから西山コールが鳴り響き渡り優勝パレードでは会場中のファンから再び大歓声が巻き上がり普段は笑って盛り上げる西山貴浩もこれには涙ぐむ場面もありました。

自身がボートレーサーになることを決めたオーシャンカップ、初めてG1を優勝したボートレース徳山・・・数奇な運命に導かれるような1節間となりました。

レース後直後のインタビューにて「この後は若松で池永太、山口達也の応援よろしくお願いします!」とコメントをしましたが、実はこの日のボートレース若松は悪天候で中止。

そのことを把握していないほど、レース当日は緊張と極限の集中力で過ごしていたことがわかります。

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西山貴浩
エピソード

家族

一般女性(千春さん)と結婚後に二人の子供を授かっています。

「鬼嫁」、「白髪が増えてきたから嫁に無理やり茶髪にさせられた」、「フライングを切りそうになると脳裏に浮かんで来る」、「嫁のプリンを勝手に食べようとしたら命を獲られそうになった」など冗談交じりに数々のエピソードを公開していますが、実際は誰よりも家族思いな愛妻家として知られています。

2025年は何としてもSGを制覇したい思いから「今年だけは好きにさせてくれと頼みました」と家族サービスを断りオフの日は練習へ参加。

誘われた飲みの場へも全て足を運びストレスを溜めないようにしていましたがこれらを全て千春さんは承諾していました。

 

師匠・弟子

師匠

西山貴浩 師匠②

デビュー直後は原田富士男に直接指導を受けていた西山貴浩ですが、その後は後に福岡支部長を務めることになる川上剛に弟子入り。

実家を出て最初に一人暮らしを始めた自宅にはほぼ帰らず川上剛の自宅に数年に渡って居候状態。川上剛のベットの下で寝ており、時には同じ物を食べて2人で仲良く腹痛を起こして寝込んでいたなど師弟というよりは気が知れた兄弟のような関係となっています。

ボートレース福岡のYouTubeにて公開されている「ニシヤマの部屋」の記念すべき第1回ゲストとして出演も 「第1回にて最終回」、「これただの普段の光景」、「誰が観んねん」とスタッフに対して両者で苦言を呈す内容となりました。

弟子

大庭元明、林恵祐、池田浩二は自分の弟子など冗談交じりに先輩をいじることはありますが、西山貴浩は特定の選手を弟子には採用していません。

西山貴浩に対して弟子入りをしたいという後輩選手のお願いもすべて断っています。

西山貴浩 弟弟子

しかし、それは裏を返せば多くの選手達の面倒を見れる立場ということでもあり同じ川上剛を師匠に持つ仲谷颯仁、プロペラグループは違いますが中亮太、そしてレーサーとして志半ばでこの世を去っている中田達也といった数々の福岡支部の後輩はもちろん、仲の良い全国各地の選手達を通じてその後輩選手達へのサポートや助言も行っています

幼馴染

同じ福岡支部の岡村慶太は104期と西山貴浩の7期下ながら幼稚園からの幼馴染。共に野球少年であり中学卒業時に西山貴浩からボートレーサーにならないか?と誘われるもその際には断っています。

その数年後にボートレーサーとしてデビューした西山貴浩の応援に行った岡村慶太はその迫力に魅了され専門学校在学中に20歳のラストチャンスとして養成所試験を受けることを決意し西山貴浩に相談も「甘い世界じゃない!」と叱責をされ専門学校を中退し退路を断った上で覚悟を決めて挑戦をし合格。

西山貴浩については「子供の頃から、テストの点とかマラソンとか何かにつけて2人で競ってて、それが楽しかったんですよねぇ。こんなに昔から、幼なじみでボートレーサーっていうのもないと思うんで一緒に頑張りたいですね」とインタビューにて語っています。

何故その先輩達と仲が良い?

西山貴浩と言えば、他支部の歳の離れた先輩選手達と和気あいあいとする姿が印象的です。

その代表格である2人のエピソードをここでは紹介

池田浩二

愛知支部のレジェンドながら後輩達から慕われる池田浩二とは「浩二さん」、「西君」と互いを呼び合う関係。

仲良くなったのは2012年のSGボートレースクラシックにて西山貴浩がペラ小屋で先輩選手から理不尽に怒られていると突然池田浩二が入って来て「誰が言ってるんだ?賞金王は俺だぞ。なぁ西山君!」とあえて発することで西山貴浩をかばったことから付き合いが開始。

西山貴浩は池田浩二のレーサーとして姿を尊敬、憧れる一方で「いつまでも少年の心を持っている」と純粋な一面に時に困惑。一方の池田浩二は「飲み会に呼べば来る。というか呼ばなくても来てる」と自分を慕う西山貴浩への思いを語っています。

2025年のSGオーシャンカップ優勝戦の前日は寝ようとしたタイミングで本人よりも緊張をした池田浩二が部屋を訪ねるも、翌日の優勝直後にピットへ帰ると池田浩二を含めた愛知勢は既に帰宅していたことを表彰式で西山貴浩からいじられました。

森高一真

そして西山貴浩によってボートレーサーとしての運命が大きく変わったのが「弟分」として付き合っている香川支部の森高一真です。

以前は寡黙で近寄りがたい雰囲気を出すことを意識していた森高一真をポンコツ会のメンバーとして引きずり込むようになるとこれまでのイメージとは真逆で勝利者インタビューなどでも笑顔で明るい一面を見せる機会が増加。

「わしはポンコツ会じゃない!」と何度も本人は否定しつつも西山貴浩を経由して依頼されたイベントには斡旋の予定が無ければ全て出演することを約束しています。

2025年のSGボートレースクラシックの優勝戦には斡旋が無かったにも関わらず林恵祐や大庭元明と共に一般客として応援に駆け付けており、SGオーシャンカップ時の優勝戦時には前日同じことをしたら勝利をしたからと他の選手達が水面際に駆け付ける中、一人で整備室のモニターで応援をしていました。

レース後には水神祭に参加をすると、悲願のSG制覇を果たした弟分と水神祭を待っていたたくさんのファンからの声援を受ける姿に涙を流しました。

ちなみに

西山貴浩に対しては優勝パレード直前に「泣くなよ」と忠告。それを守るべく絶対に泣かないように舟の中で寝そべるパフォーマンスをしていました。

達也と共に


2022年11月に同じ福岡支部の後輩である中田達也がレース中の事故でこの世を去りました。

福岡支部の上手い若手選手を聞かれた際にも名前を挙げており、当時ボートレース若松の記念を制覇していなかった両者は「どちらが先に若松の記念を取るか」について飲みながら語り合ったり、中田達也が妻と喧嘩をした際には西山貴浩の自宅に泊まりに来る・・・同じ北九州出身ということもありプロペラグループは違えど可愛い弟分の1人でした

中田達也の死後、「達也と共に走って行く」と宣言。2024年には待望の若松G1を優勝し翌年には若松で開催されたSGボートレースクラシックで予選トップ争いを繰り広げる活躍で優勝戦にも進出をしています。

そしてSGオーシャンカップ優勝直後にこの事を誰に伝えたいか?と聞かれた際にも師匠の川上剛、原田富士男、家族よりも「達也に一番最初に伝えたい」と改めて志半ばでこの世を去った後輩への思いを口にしました。

この思いは弟弟子である仲谷颯仁も強く意識をしており2025年に九州地区選手権でG1優勝をした際には中田の遺品であるカッパを着用。

表彰式では「僕もほめてほしいんですけど、中田達也さんもほめてやってください」と感謝の言葉を述べています。

ボラ直撃

ボートレース福岡で行われたレース中に水面から跳ねあがってきたボラが顔面に直撃した西山貴浩。それ以降、事あるごとに「福岡はボラに気を付けろ」、「福岡で一番怖いのボラ」と語り時にはボラの絵を頭に装着して勝利者インタビューに登場したこともあります。

しかしこのエピソードは実は笑い話ではなく、裏では騒動となっていました

水面から勢いよく飛び込んでくるボラがフルフェイスのヘルメットのシールド部分を破壊。西山貴浩はその際に意識を失いながらもレースに復帰も脳震盪で3周を記憶が無いまま走り続けレース後に救急車で搬送され途中帰郷となってしまいました。

2025年7月には富田恕生が同じくボートレース福岡のレース中にボラが直撃。

鼻骨骨折の疑い、歯の欠損、意識障害によりレース後に緊急搬送されています。

くせ者軍団

2010年代に峰竜太、桐生順平など当時20代の選手達が次々とSGタイトルを獲得。艇界に一大ムーブを起こしたことからそれらの選手のことを「ニュージェネレーション(ニュージェネ)」と称され様々なグッズ展開などがされました。

ニュージェネレーションはそれらの選手のグループLINEの名前が由来となっており、平成の最後のグランプリを機に解散宣言がされています。

その頃、まだグレードレースのタイトルを持っていなかった西山貴浩は岡崎恭裕にニュージェネレーションへの加入を打診するも「97期は変わり者が多いからダメ」と拒否されたことで自らが団長となる「くせ者軍団」を結成。

池永太、山口達也など主に97期のメンバーが中心に所属も「G1を優勝すると脱退」が命じられタイトル所有者は加入資格すら与えられないという特殊なものでしたが、団長である西山貴浩が2020年にG1を制覇したことで自然的に解散となりました

なおこれらの経緯もあってか当時ニュージェネレーションの人気メンバーであった峰竜太、篠崎元志、篠崎仁志などへの敵対心は強く「嫌い」と冗談交じりなアピールを繰り返してます。

実際には同じレースで峰竜太が転覆した際には勝利者インタビューを神妙な顔で行い心配そうに見守ったり、両者でトークイベントに出演したりと仲は良い。

なお峰竜太もかなりポンコツなところがあり、西山貴浩と競馬番組に出演した際にはグリーンバックでの出演にも関わらず黄色い服で登場。案の定、顔以外の部分が消えるというトラブルが発生しました。

7号艇発進

ボートレース江戸川では次のレースに出走する選手とその前のレースに出走する選手が同じピットから出ていくことを利用し斡旋時に6号艇の際は様々パフォーマンスを披露。

これが結果としてSNSで注目を集めることになり、「怒られなかったのか?」と聞かれた際には「ありがとうございますと言われてクオカードを大量にプレゼントされた」と主催者側から感謝されたことを明らかにしています。

また西山貴浩のこのようなパフォーマンスに影響され師匠の川上剛、弟弟子の仲谷颯仁もパフォーマンスを披露。この際に川上剛は「あれは俺が考えて西山にやらせていた」という内容をボートレース配信者のういちに伝えるも後日「あれは全て嘘だった」と自白の連絡が届いたことでういちや視聴者を困惑させました。

西山貴浩
まとめ

管理人・K
管理人・K
ファンを盛り上げ誰よりもボートレースを愛する西山貴浩。そんな選手に神様が与えた最高のプレゼントは、本人はもちろん長らく応援してきたファンにとっても最高の1日となりました。

養成所時代に「3年連続グランプリ優勝!」という目標を掲げ周囲からは馬鹿にされたと当時を振り返っていますが、その大いなる野望と栄光の舞台に向けてこれからも我々ファンへの夢を届ける走りに期待をしたいです。

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