
毒島誠は群馬支部に所属するボートレーサーです。
最高峰の舞台であるグランプリなど数々のSGを優勝している一方で、社会貢献などにも積極的な姿から多くのファンに愛されています。
毒島誠
これまで
選手情報

| 支部 | 期 |
|---|---|
| 群馬 | 92 |
幼少期~学生時代
毒島誠は群馬県桐生市で生まれました。
小学校2年生の時からサッカーを始めフォワードとして活躍。当時から身長が低かったですがその一方で足が速くフィールドを前線で駆けまわっていました。
群馬県立桐生工業高等学校の建築学科に進学も製図を描けない、0から1を作り出す作業が向いていないことを痛感。高校3年生の時に建築方面の仕事を諦め市役所の土木課の内定を狙う方へ目標を変更しました。

ある日友人とツーリングの返りに友人の叔父であった柴田光(群馬支部)の自宅へ寄り「君身長が低いからボートレーサーになりなよ」と勧められたことをきっかけに将来の道を再変更すると、猛勉強の末に数か月後に行われた養成所試験を見事に一発で合格。高校卒業と同時に92期生として養成所へ入所をしています。

高校時代はバイトに明け暮れ学業は疎かだったと語る毒島誠ですが、「好きな事、目標為だったら何でも出来た」という性格が功を奏しました。
養成所時代

毒島誠の養成所の同期リーグの成績は勝率5.83、優出1回、優勝1回となっています。
集団生活に戸惑いを感じ、養成所特有の生活の息苦しさにも苦労をしましたが、ボートレーサーになりたいという目標を叶えるためこの1年間の生活を乗り切りました。

なお毒島誠の同期である古野智丈は92期の養成所チャンプに輝きながらデビュー直後に元交際相手であった当時19歳の女性を集団で強姦をしたとして逮捕。
登録番号4242は空席となりボートレース界からその存在自体を消された結果、92期は養成所チャンプが不在という扱いとなっています。
厳しい環境で成長
毒島誠は2003年5月にボートレース桐生でデビューするといきなり3着と好走。それから約2か月後に後に大好きな水面の1つとなるボートレース多摩川で初勝利を挙げました。
2006年に初優勝を飾り翌年よりA1級へ昇格しその後も順調にキャリアを積み重ねていきました。
後述で詳しく説明しますが、デビュー当時に江口晃生と師弟関係を結ぶと周囲からも「(江口晃生門下で)頑張ってるね」と言われるほど師匠、そしてプロペラグループの先輩から厳しく育てられました。
師匠の前で決めたSG初優勝

2010年にボートレース浜名湖でG1初優勝を飾りタイトルを獲得。同年にはSGデビューも飾っておりトップ戦線での戦いが増えていきました。
そして2013年にボートレース児島で行われたボートレースダービーにてSG初制覇を達成。この節間には師匠の江口晃生も斡旋されておりレース後にはピットで待ち構えていた師匠の姿を見て号泣。毒島誠は抱き付き二人で喜びを分かち合いました。

この時に江口晃生からは握手を求めらましたが、2005年のボートレースダービーで同じようにSG初優勝を飾った笠原亮(静岡支部)が師匠の服部幸男(静岡支部)に抱き付いたエピソードを聞いていた毒島誠はそれを再現するべく、握手を断り抱き付いたことを後に明かしています。
ナイターキング
毒島誠はこのSG優勝を機に徐々に山崎智也から群馬支部のエースの座を引き継ぐ形で群馬支部、そして関東地区を引っ張る存在へと成長。
2017年にはチャレンジカップ、2018年~2019年にはオーシャンカップを連覇とSGタイトルを次々に獲得しています。
そしてこれらのSGはいずれもナイター開催によるものであったことから、「ナイターキング」、「夜王」といった愛称でも知られるようになりました。
妻の地元で決めたG1全勝優勝

2021年にボートレース三国で行われたG1北陸艇王決戦にて節間全勝でのG1制覇を達成。
ボートレース三国がある福井県は元ボートレーサーである奥様の池田幸美のホームプールという縁から福井支部の忘年会に参加することもある思い出の場所での場所となっています。
これ以外の大会でもワーストレベルのモーターで何とか予選を突破すると6号艇にも関わらず突然ピット離れを決めてコースを奪取するとそのまま勝利し優勝戦に駒を進めるなどボートレース三国でのレースでは毎回気合いが入っています。
念願のグランプリ制覇
2024年にボートレース住之江で行われたグランプリにて優勝戦で1号艇を獲得。見事に1コースから逃げ切りを決め初のグランプリ制覇を成し遂げました。
優勝戦が行われた12月21日は奥様の池田幸美さんの誕生日で2人の結婚記念日。表彰式では「グランプリ制覇、奥様の誕生日、2人の結婚記念日」についてファンがお祝いのコールを行いました。
この年は何かを変えなければいけないという覚悟の元で小麦類を一切食べず、秋以降は大好きなアルコールも絶つほどの厳しい食生活を過ごしていたことをグランプリ制覇後に明かしています。

元々食事へのこだわりは強く、たんぱく質、脂質、炭水化物(糖質)の3大栄養素を少ない量でも必ず接種しよく噛むことを意識。
一時期運営していたnoteを使ったコラムでも現代人がお米を食べないことについて苦言を呈しており、毎日3食食事を取る事やお米から得られる栄養について熱く語っています。
急転直下のB2級降格
グランプリ制覇の翌年である2025年は春先から順調にG1を2つ優勝し2年連続グランプリ出場へ向けて毒島誠は好発進を決めるも、5月末と6月中旬に相次いでのフライング失格に見舞われます。
これによって合計で90日間の休養を強いられるだけでなくフライングにより事故点の影響で斡旋保留(8項)の可能性もあった毒島誠は出走回数を制限することでこれを回避するも、その代償として最下級であるB2級への降格が決定。
これまでA1級を長らくキープし常にクリーンなレースを信条とする毒島誠のこのまさかの出来事にはファンも関係者も騒然となりました。
常識を覆したSG制覇
B2級降格が年明けに迫る中、12月に行われたSGグランプリシリーズを優勝。
グランプリシリーズは本大会であるグランプリに出場している6選手が3日目より得点率を引き継ぎ連対率の高いモーターで参戦してくるためシリーズ戦で初日から走っている選手が不利となります。
しかしそれらの常識を覆し予選トップ通過を果たし準優勝戦、優勝戦と連続で逃げ切りしっかりと存在感を示すと翌年はグランプリに出場する側の選手として帰ってくることを誓いました。
毒島誠
エピソード
師弟関係
師匠

毒島誠の師匠は同じ群馬支部の江口晃生です。
デビュー当時から毒島誠にはレースで気付いた事、感じたことをノートにまとめるように指示を出しており今でも毒島誠は何を書いているかも読めなくなったボロボロのノートまで全てを大事に所有し師匠の事を「第二の親父」と尊敬しています。
江口晃生や兄弟子の柴田光のような果敢な前付けこそしませんが、持ちペラ時代から教え込まれたピット離れに特化したプロペラ作り、エンジン整備を得意としており状態が良い時には奇襲的にコースを奪う事も珍しくありません。
弟子


弟子として同じ群馬支部の久保原秀人、伊久間陽優の2名を抱えています。
毒島誠は記念戦線が主体の選手の為全国を忙しく飛び回っており、一般戦が主体の弟子たちに教えるタイミングこそ少ないですが、毒島誠の日課であるトレーニングに共に参加したりトライアスロンに師弟で挑戦する様子がSNSなどを通じて報告されています。
1・2・3ポイズン!
毒島誠の苗字をもじって「ポイズンキラー」という愛称が付けられておりこれは自身の連載するコラム「ポイズンロード 日進毒歩」にも採用されています。
またボートレースの実況を務める阿部宣祐は毒島誠の大ファンであり、ボートレース多摩川の実況を担当していた頃は優勝戦で毒島誠が先頭で帰ってくると「皆さんご唱和ください 1.2.3・・・ポイズン!」と叫ぶのが恒例となっていました。
毒島誠もこのコールを非常に気に入っており「あの『ポイズン』の実況を毎度を楽しみにしているんですよ」と阿部宣祐にも伝えています。
整備巧者

艇界きっての整備巧者でモーターの音を聞いただけで細かい部品の交換まで判断出来る独特のセンスを秘めています。
毒島誠はモーターの整備について自身のコラムにて以下のように語っています。
ファンの方によく質問されることが、整備に取りかかるタイミングです。僕の場合、まず前検日に受け取った状態で乗ってみて、そこからギアケース、プロペラを確認します。そこでよくコメントにある「普通くらい」の手応えがあれば、だいたいの場合、プロペラ調整を中心に仕上げていきます。仮に普通もない場合、もしくは確実にもっと上向く可能性のあるときは、整備に取り掛かります。
ここで大事なのが、出場するレースが何レースなのか、2回走りか、などです。前日であれば、前夜版が出た時点で、翌日のレース番号を確認します。記念レースでは予選の出走回数が決まっていますので、何となく前検日に構想を練ることができます。僕は整備後に、プロペラの反応と調整後の状態を確かめたいので、緊急時を除き、最低でも(7Rと12Rなど)4レースは空いている時にすることが多いです。
時間も手間もかかる整備は、その日のレースが終わった後に行う選手、もしくは出番が遅い選手が、その前までに行うことが多いと思います。
中にはルーティンで毎節必ず整備をする人もいます。整備は現状を把握すること、自分なりに積み重ねたデータ、整備士さんに傾向を聞くなどが重要です。その上で思い切りと運、そして当たるまで諦めない心が必要かなと思います。
現代のボートレースはエンジンよりもプロペラ整備を大事にする選手が多い中で、どこをどうすればエンジンが変化するかを見極める能力を武器に毎年のようにトップ戦線で活躍をしています。
社会活動
毒島誠は自然災害への支援活動に積極的な選手であり、複数回に渡って紺綬褒章を受章しています。
「ファンの大切なお金を使ってもらっているため、しっかりと走って、その売り上げ、賞金で社会にも貢献でき、有意義な活動に使っていただければと思っています。ギャンブルかもしれませんが、みなさんのお金も社会貢献活動に使われています」と自身が選手として走ることが社会貢献に繋がるという意識を持って日々のレースに挑み続けています。
永遠の推し

元AKB48所属の福留光帆は毒島誠の大ファンであり、ブレイク前の隠し撮り企画にてスマートフォンのケースに毒島誠の単勝舟券を入れていることが大きな話題となりました。
その後大ブレイクを果たしボートレース関係の仕事が増える中で精神面の問題から休養に入るも2024年にボートレース尼崎のイメージガールに就任すると懸命の治療と回復で見事に復帰。
初日のドリーム戦インタビューにて念願の体面を果たすとこの大会で優勝を飾った毒島誠は最終日の表彰セレモニーに再び登場。優勝の花束の贈呈を行うことにも成功し「この仕事が無ければ芸能界を辞めていた」と語るほど嬉しい1節間となりました。
そして2025年のグランプリは関係者席からその様子を現地で応援。優勝に大歓声を上げるも舟券はハズれてしまいました。
毒島誠
まとめ

群馬支部、そして関東地区を引っ張るトップレーサーである毒島誠。
グランプリの頂点に立ちながらも翌年に最下級落ちという悔しい経験をしながらそれでもへこたれることなく結果を残し続けています。
ボートレース界きっての人格者としても知られており、その考え方、レースへの取り組み方は多くの選手にも影響を与える存在としてこれからも更なる活躍が期待されます。
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