
寡黙な職人のオーラを漂わせる「蒲郡の鬼」は一体どのようなこれまでを歩んできたのか?
新人時代の伝説、整備巧者への道、師匠との出会いなど長きにわたる活躍を振り返って行きます。
赤岩善生
これまで
選手情報

| 支部 | 期 |
|---|---|
| 愛知 | 82 |
養成所入所まで
ボートレース公式のプロフィールでは愛知県出身となっている赤岩善生ですが、正確には鹿児島県で生まれその後は父親の赤岩忍さんの仕事の都合により7度の引っ越しを経験。この影響もあってか周囲とはあまり馴染むことが出来ない学生時代を経験。
岡崎東高校時代は不良仲間と夜の街を明け暮れ家出や喧嘩の繰り返しで卒業後は航空自衛隊へ入隊も1年足らずで脱退。
その後は様々な職を転々とした後に「ボートレース蒲郡に友達に連れてきてもらって、エンジン音に惹かれた」ことで当時のボートレーサーの年齢制限である20歳の時に養成所試験に合格。
82期生としてボートレーサー養成所へ入所をしました。
鹿児島県にはデビュー直後から「赤岩会」と呼ばれる後援会が存在。
2009年には赤岩善生が自らが企画をしたチャリティーオークションの売上を鹿児島県いちき串木野市に対して寄付をしました。
養成所時代

後に静岡三羽烏と称される菊地孝平、横澤剛治、坪井康晴など早々たる選手を輩出した82期の一員である赤岩善生。
現在と違い大学を卒業後や一般企業を辞めて転身をしてくる選手はおらず中学卒業と同時や高校中退、卒業をしたばかりの歳下のやんちゃな候補生達の兄貴分として振舞っていました。
しかし養成所の卒業直前に足を負傷したことで戦線離脱の危機に陥り「(当時の年齢制限の都合により)自分はボートレーサーになれない」と悟るも担当教官から「お前らしくないだろ!」と一喝され痛む足を引きずりながら同期リーグ戦を最後まで戦い抜き1998年5月にボートレース常滑にてボートレーサーとしての第一歩を歩み始めます。
デビュー節から大物っぷりを発揮
デビュー2戦目で初勝利を挙げ早々に水神祭を達成した赤岩善生ですが、このデビュー節にて今でも関係者達の間に伝わり続ける衝撃の伝説を残しています。

デビュー戦前からいきなりモーターの整備を始めた当時の赤岩善生は常滑の担当整備士の元へ行くと「シャフト調整(クランクシャフト交換)をさせてくれ」とお願いをしました。
クランクシャフトとはモーターの心臓とも言われモーターの機力を変化させる最後の可能性の部品となっています。一方で高額かつ交換をしても必ず良くなるというわけではないどころか、基本的に変化をしないことが当たり前となっています。
それをまだ水面でほとんど走ったことも無い無名の新人が要求をして来たことに整備士達は困惑。中には「生意気」、「無礼」と苦言を呈する人もいたと赤岩善生はトークショーやインタビューにて振り返っています。
その際に現場にいた整備担当の高橋さんはその後、ボートレース蒲郡の整備長に就任。
「デビュー日からモーターの部品交換を要求してくる新人は善生君くらいしかいないよ」とあまりにも衝撃的な出来事を今でも記憶していると言います。
整備巧者への道
整備へのこだわりが誰よりも強かった赤岩善生はその後、各地の整備士に時に激怒をされながらも決して挫けることなく自分のポリシーを貫き整備力を上げる事に着手していきます。
「いつまで経っても勉強できない」と毎回のように整備士達に頭を下げてはエンジンをバラバラにして1つの1つの部品の特徴や部品交換による変化を試運転やレースを行うことで肌に感じながら気づけば艇界の誰もが認める整備巧者の立場を確立。
幾多の整備経験から導き出される部品の良し悪しの理論的要素と、ボートへ体重をかける部分での変化などを体感的要素を上手く掛け合わせながら「正解がないとされるモーター整備の自分なりの正解がある」と自負しており、例え凡機を引き当てたとしても甘えや言い訳、妥協を許さない強いこだわりを持っています。
「赤岩さんの横でモーターを整備したくない」、「自分には見えない物が赤岩さんに見えると思うと怖い」と後輩選手から直接言われたこともある一方で深谷知博、渡邊雄朗など支部を問うことなくモーター整備の参考になる、憧れの存在と掲げる選手も数多くいます。
デビュー2年で初優勝・A1級常連へ
このような努力の甲斐もあってか、1999年12月5日にボートレース下関でデビュー2年目にして初優勝を達成。
2000年に入ると早くもA1級の常連として定着を果たしており初昇格後は一度もその座を譲ることなく平成~令和のボートレース界を駆け抜けています。
初のSG制覇
一般戦の鬼として長らく活躍しタイトルとは無縁だった赤岩善生ですが、2006年に30歳の時に転機が訪れました。
この年、年末に行われる賞金王(現グランプリ)と同時開催となる賞金王シリーズ(現グランプリシリーズ)にて赤岩善生は優勝戦1号艇を獲得。
レースは逃げる赤岩善生を服部幸男が2マークの出口で捕えるもそこから力強い伸び足で抜き返すと最後の最後まで追いかけ続けて来る追撃を振り切りSG初優出にして初優勝を飾りました。
G1・G2でも優勝がこれまで無かった赤岩善生にとってこれが初の特別戦制覇となりました。
これ以降、東海地区選手権など数々のG1レースを制覇し愛知支部を代表する選手へと成長。
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赤岩善生
エピソード
師弟関係
師匠

赤岩善生は「髭の大将」と呼ばれていた大嶋一也を師匠に持ちプロペラグループに加入。その後は自らがプロペラグループのリーダーを立ち上げ後輩たちの指導にも着手をしています。
愛知支部と言えば現在では池田浩二を筆頭にしたエテルニータ一派が中心となり差し、捲り差しを主体とした綺麗なレースをするイメージが強く浸透をしていますが、大嶋一也と言えばインの鬼としてコースを徹底的に主張し上位着を奪うスタイルで長年に渡って活躍。

2017年の大嶋一也の引退時にはピットに駆け付け花束を渡しており、同じく大嶋一也の門下生である仲口博崇とそのレーススタイルやプロペラ調整を引き継ぎA級レーサーとして活躍をしています。
ボートレース漫画「モンキターン」に登場する洞口親子の師弟関係は大嶋一也、仲口博崇が基となっており、作中終盤では洞口雄大もイン屋へ転向をしています。
弟子
大嶋一也の一派から単独のプロペラグループを持つようになった赤岩善生。寡黙な一匹狼ゆえに勘違いをされることが多いですが2人の選手と師弟関係を結んでいます。

1人目が愛知支部の女子速攻レーサーとして知られる宇野弥生。
中学卒業と共にボートレースの世界に飛び込み「私らしく走ります」を信条に掲げ赤岩善生に対して直接弟子入りをお願いするというデビュー当時から強烈なエピソードを誇っています。
持ちペラ制度時代だった当時は休みで予定が合う日は全て赤岩善生の自宅へ行きプロペラ整備や技術面の指導を受け成長。2012年には混合G2レースを優勝し翌2013年にSG初出場を叶えました。

そして90期の宇野弥生と1期違いの後輩として続いて弟子入りをしたのが同じく愛知支部の北川潤二。
こちらは赤岩善生ほどではありませんが外枠時にはほぼ必ず前付けを行うイン型の選手であり愛知支部の伝統スタイルを引き継ぎ、自身が外枠で師匠の赤岩善生が内枠であっても容赦なく前付けを行い、赤岩善生もそれに抵抗をしていきます。
赤岩善生も宇野弥生も北川潤二も総じて人前で喋るタイプではないため師弟同士のエピソードがあまり公になっていません。
蒲郡の鬼
愛知支部はボートレース蒲郡、ボートレース常滑の二地区に分かれており、常滑地区は池田浩二を筆頭に磯部誠、平本真之といったさわやかなメンバーが集結。
一方で蒲郡地区は赤岩善生を筆頭に職人肌な選手が多く、ボートレース蒲郡での圧倒的な存在感と数々の活躍とその名字を掛け合わせ「赤鬼」、「蒲郡の鬼」といった愛称が選手やファンの間で定着。
今では池田浩二から常滑のエースを引き継ぐであろう磯部誠は記念戦線の常連となる前は事あるごとに「蒲郡の顔になりたい」と宣言。しかしその最大の敵である赤岩善生を倒すのが困難と愚痴をこぼしていました。
色んな赤岩鬼出してみた
普通の太鼓持ってるやつとかꉂ🤣𐤔ꉂ🤣𐤔ꉂ🤣𐤔 pic.twitter.com/fk0s9hbTAJ— きもりやん (@kimoriyan) July 25, 2025
そして2025年にはボートレース大村のG2戦を優勝した守田俊介は節間中に厳しい前付けを食らった赤岩善生に対して「鬼滅ウィーク(鬼滅の刃の映画上映直後)なんで、準優は上弦の赤鬼(赤岩善生)、今日は中辻無惨(優勝戦で3カドに引いた中辻崇人)と鬼ばかりで・・・」と表彰式でファンを笑わせると節間終了後には趣味の編集技術を駆使して赤岩善生の赤鬼コラージュ画像をSNSにアップしています。
心技体
学生時代に転校が多くいじめられていた赤岩善生は自らを守るために空手を始めると、その後は銃剣道、柔道と様々な格闘技に挑戦しいずれも有段者の資格を所有しています。
この際に培った心技体の心の部分を特に重視しており「ボートレースに対する情熱」は赤岩善生の選手としての活力となっています。
例えエンジンが良くなかったり成績が悪くてもと途中帰郷はしないで最後まで戦うという強い信念とこだわりを持っています。
大怪我
しかしそんな強いこだわりを持つ赤岩善生でも帰郷をしてしまった数少ないケースがあります。

それが2020年のSGボートレースオールスター中に起きたアキレス腱の断裂です。
この1カ月前辺りからアキレス腱に違和感を抱えて休養を取っていた赤岩善生でしたが、その限界が来たのかレース中に断裂を起こしてしまい仕方なく帰郷。これまで20年近くA1級の座をキープしてきた赤岩善生にとって選手生活最大のピンチの出来事でしたが、1カ月も経たないうちに復帰を果たすとその後も何もなかったかのように走り続け以降もA1級の座を守り抜きました。
しかしこの怪我の影響はさすがに大きかったのか同年は優勝1回のみに終わっており、格闘技を行うことは控えるようになりました。
アキレス腱を断裂した直後、池田浩二ら愛知支部の面々が足を引きずる赤岩善生の状態を心配し駆け寄るも辛そうな表情は見せずに笑顔で対応。
本人は当初意地でも帰郷をせず節間を全うしようとするも周囲の反対もあり仕方なく帰郷をしています。
水難事件2選
ファンの間で有名な赤岩善生にまつわる水難事件が2つ存在しています。
優勝戦の進入で沈没
2022年、ボートレース徳山で行われた「楽天銀行杯争奪戦」の優勝戦にて2号艇で出場をした赤岩善生。
このレースで1枠に入った海野康志郎からインを奪うことに成功し1コースに向けてボートを内側に入れようとした赤岩善生に対して後方からぶつかりエンジンに乗り上げるとそのまま赤岩善生はゆっくりと舟もろとも沈没。
これによって優勝戦は赤岩善生が欠場した5艇でピットからやり直しとなり1号艇の海野康志郎が優勝。
海野康志郎に対しては待機行動違反の減点処分が下りレース終了後のウイニングパレードも中止の事態となりました。
海野康志郎はこの一件以降、地元のA1級レーサーにも関わらず2025年6月までボートレース徳山から一切斡旋が入らなくなりました。
松竹大輔とW水神祭
2020年、ボートレース蒲郡で行われた「G1 第65回東海地区選手権」にてG1初勝利を挙げた愛知支部の松竹大輔の水神祭に参加をした赤岩善生。
愛知支部の面々が松竹大輔を持ち上げ飛び込んだ瞬間に突然、特に師弟のゆかりもない赤岩善生が飛び込んだことで選手達は困惑をする事態に・・・。

この事件の犯人は赤岩善生と同じ82期生で愛知支部の大谷直弘。松竹大輔が飛び込んだ瞬間にすかさず後ろから思い切り押して飛び込む予定の無かった赤岩善生を水面に落とすことに成功。
水面に上がってきた赤岩善生はそんなことをする選手は一択だっため犯人をすぐに特定。「ぶっ飛ばす」とだけ言いピットを去りました。
赤岩善生
まとめ

時にこのレーススタイルと寡黙な姿はファンや選手から否定的な声が挙がることも珍しくはありませんが、その一方で応援、尊敬をするファンや選手も多いまさに「賛否両論型のボートレーサー」と表現をすることも出来ます。
永遠の目標である「グランプリ制覇」へ向けて今日もモーターを開いては整備を繰り返す職人の活躍を楽しみにしましょう。
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