藤山翔大(大阪支部):逆境も苦難も"かんけいあらへん!”
藤山翔大は大阪支部に所属するボートレーサー。
プロペラやチルトを駆使して驚異的な伸びからの一撃を得意としています。

藤山翔大の経歴
伸び型レーサーとして時代を築く

選手情報

藤山翔大 写真

支部
滋賀104

幼少期~学生時代F

F
藤山翔大は1991年2月に大阪府で誕生。
身近にボートレースがある住之江区で育ったこと、兄の藤山雅弘がボートレーサーを志した影響で自身も同じ夢を追いかけるようになりました。

西成高等学校を卒業後に104期生としてボートレーサー養成所に入所をしました。

K

兄の藤山雅弘は1期遅れの105期生として入所。
「ボートレーサーになる今年考えていなかった」と語るほど兄弟の夢へのこだわりが強かった。

養成所時代

140期生 養成所

養成所の同期リーグでは全体4位となる勝率6.32を記録し3度の優出と1度の優勝を経験。

養成所チャンプを決定する卒業記念競走では6着に敗れ長崎支部の坪口竜也が優勝しています。

スピード初勝利も長らく低迷へ

2009年5月4日にかつて自分が客席側でこの世界を知ったボートレース住之江でデビュー(結果は6着)
しかしそれからわずか3か月後の2009年8月15日にボートレース住之江のお盆開催である大阪ダービーでデビューから30走目にして初勝利を達成。

その決め手は本人も「今ではやらない」と笑いながら振り返る展開を捕えての捲り差しによるものでした。

その翌年には初優出も決めデビュー4期目にして勝率5点台をマークと将来が期待されました。

前期(級別 / 勝率)後期(級別 / 勝率)
2009-B2 / 0.00
2010B2 / 2.49B1 / 3.38
2011B1 / 4.52B1 / 5.06
2012B1 / 4.04B2 / 2.84
2013B1 / 4.65B1 / 4.58
2014B1 / 4.58B1 / 4.88
2015B1 / 4.65A2 / 5.64
2016B1 / 5.13A2 / 5.47
2017B1 / 4.82B1 / 5.12
2018B1 / 4.74B1 / 5.10
2019A2 / 5.80A2 / 5.52

しかし、ここから長らくB1級生活に突入。
結婚をして子供にも恵まれましたがその一方で仕事が楽しいと思うことが出来ずモチベーションの低下が成績に直結することとなりました。

捲り屋として覚醒

2020年2月にデビューから11年が経過したこのタイミングで初の優勝を飾りました。

この頃から捲って勝つことに異常なこだわりを見せるようになった藤山翔大はレース場ではプロペラを叩いたり損傷を覚悟で曲げたりしながら独自の伸びを生み出すようになりました。

持ちペラ制度の廃止以降、従来のプロペラよりも伸びが無くなったという先入観から枠なりの自在屋が中心であった当時のボートレース界で伸びを特化した調整という革命が発生。

それまで優勝とは無縁だった無名選手はこの出来事を機に立場が一変していきます。

K

今まで自分がやって来たこととは真逆の挑戦は仕事への大きなモチベーションに変化。
これといった趣味も無いため、休みの日は捲り勝つ選手の映像を観るなど生活がボートレース一色となりました。

年間8V

2021年は全国各地のボートレース場で次々と藤山翔大は優勝を飾り続けました。

差しや捲り差しといった自分が出来ない細やかさを求められる戦法を全部捨て、捲りにだけこだわる思い切りの良さはファンからも当然ながら注目を集めていきます。

この年は年間で18度の優出、8度の優勝を飾るだけでなく全選手トップタイとなる122勝をマーク。
残念ながら勝率の差で石川真二に最多勝のタイトルの座は奪われてしまいましたが、A1級にも昇格し翌年以降は記念戦線での活躍が期待されました。

狂いだした歯車

2022年2月に出場した近畿地区選手権にてG1初優出。
福井、滋賀、大阪、兵庫4支部のエース級が揃う中でも関係なしの活躍で1号艇で迎えた優勝戦でしたが、自身の踏み遅れに加え2号艇の石野貴之も後手を踏んだことで攻めを受け最下位に敗れました。

前年の活躍を受け出場したボートレースクラシックで初勝利を挙げた一方、5月16日、5月20日と節間2度のフライング事故を犯してしまいます。

この新期早々のF2でのレースに大苦戦を強いられ勝率は3点台にまで落ち込みB1級落ちと再び低迷。

飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍した藤山翔大へのマークも日に日に厳しくなったことに加えてこの頃から藤山翔大や菅章哉をモデルとした伸びに特化したレースを行う選手が増加。

発案当初は捲り屋の代表格として脚光を浴びていた藤山翔大の存在感も同時に薄くなっていくのでした。

スタイルチェンジ

プロペラ整備だけでは限界があると感じた藤山翔大は打開策としてチルト角度を調整しながらそこに自身のプロペラを合わせて伸びを生み出すレーススタイルへのモデルチェンジを決行します。

藤山翔大 プロペラ

従来のレーススタイルの場合、スタートを全速で踏み込んでそこから絞り込むように仕掛ける攻めが基本でしたがこの攻め方ではフライングの危険性が高く満足なレースが出来なくなっていきました。
一方でチルトを用いたこのスタイルの場合、多少遅れを取ってもそこから伸び返し自分の伸び型のプロペラの性能を合わせることでフライングの確率を下げる狙いがありました。

ただしチルトを跳ねるということは自身をマークする選手がいない限りは大外に出されてしまう点や、それに特化したプロペラを作る都合上でスロー戦では伸びを欠いたり、ピット離れで遅れるリスクも同居。

またボートレース界には一定期間でプロペラを4枚割ると1か月間の出場停止処分を食らう規定寸前に頻繁に該当するといった苦しい戦いが続いています。

K

チルトとプロペラを組み合わせた後伸びスタイルのプロペラは伸び型を目指す選手達のモデルにも採用。

同じ大阪支部の田上凜は藤山翔大のレースやプロペラを参考に2025年よりスタイルを一新しました。

田上凜について更に知る

藤山翔大 エピソード

師弟関係

師匠

藤山翔大 師匠

藤山翔大の師匠は同じ大阪支部の原田智和。
石野貴之の師匠でもあるためこの両者は兄弟子の関係にあたります。

グループメンバーにはしっかり言う時もある厳しい師匠です。

2022年12月にレース中の事故により前を走っていた選手が転覆しそのボートが上半身に直撃する事故に巻き込まれ戦線離脱。
以降も復帰に至っておらず2025年9月に「有効期間満了による消除のため再登録の可能性有」と呼ばれる一定期間内であれば本人の意思次第で復帰が可能な暫定引退扱いとなっています。

※原田智和の状態に伴い伴いプロペラグループのトップは石野貴之が引き継ぐ

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プロ野球で支配下登録を空けるために戦力として計算できない怪我や病気の選手を一時的に育成契約にする仕組みと同じ状態です。

弟子

デビュー時は同じ大阪支部の竹間隆晟と師弟関係を結んでいましたが、ある時を境に解消。

その後、石野貴之と再度師弟関係を結んでいます。

かんけいあらへん!

プロペラの破損枚数の問題や、格上の選手達を相手に自身のスタイルを貫き厳しい戦いを続ける藤山翔大。

そんな自分を奮い立たせるべくインタビューやオープングセレモニーでは「関係あらへん!(かんけいあらへん)」と強い言葉を口にしています。

2025年、ボートレース住之江で行われたG1高松宮記念特別競走ではいつものように「強い選手たくさんおるけど関係あらへん」と発言し退場。
続いて現れた埼玉支部の中田竜太は「僕には関係あります」とアンサーし会場を笑わせました。

前付けに行く理由

典型的な伸び型レーサーである一方、ピット離れを失敗した際や6枠戦の場合に伸びを欠くのを承知の上でスロー水域に参戦することがあります。

また進入固定戦でチルト3度でレースに挑むといった驚愕の戦法を取ったことも過去にはあります。

舟券を買っているファンを馬鹿にしている」と非難されることもありますが、本人の中には内の方が主導権を取れる」、「捲るための最短距離を選択している」という持論を掲げています

ただし、スロー域に入った際もプロペラの形はそれに適した調整は行うことなく、ダッシュ域から攻める状態をキープしそこから捲ることしか考えていません。

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理想形は100mで起こしても捲れるプロペラを作ることと公言しています。

趣味

ゴルフ(一応)と語るほど趣味を持っておらず、「子どもと遊んでいる時でも、何かあるとすぐにボートのことを考えてしまう」と語るほど時間があればボートレースについての研究を行っています。

ルーティーン

レース前にカップ焼きそばの一平ちゃんを食べることがルーティン。

「様々なカップ焼きそばを試した際に一番調子が良かったのが一平ちゃんだった」とその理由を語っています。

藤山翔大 まとめ

藤山翔大は独自の伸び型スタイルを武器に浮き沈みを経験しながらも進化を続けてきたレーサー。
捲りにこだわる姿勢と強気な言葉通り、どんな相手にも臆さず挑み続ける。

その一撃はこれからも舟券を大きく揺るがす存在であり続けるでしょう。

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