
田上凜は大阪支部に所属する女子レーサーです。
自分の殻を破るべく、そしてレーサー人生を賭けチルト3度で戦うことを宣言したその背景にあったものとは?
田上凜
これまで
選手情報

| 支部 | 期 |
|---|---|
| 大阪 | 132 |
幼少期~学生時代
田上凜は和歌山県上富田町出身。
利便性、医療機関が充実しており県内外からの移住者が年々増えてきている和歌山県の中でも注目を集めているこの町にて誕生しました。
中学卒業後は和歌山県工業高等専門学校の環境都市工学科に進学。将来の就職に有利になればということで工業系の学校に進学した知識は現在の職業に反映されているか聞かれ「活かされるような活かされてないような・・・」と笑って答えています。
高専2年時にボートレーサー募集のCMを観た際に「自分がボートに乗っているイメージが急に出来た!」と選手の名前も知らなければボートレースがどのような物かもわからないまま将来の夢を設定。
親には猛反対をされてしまいましたが、高専4年時に内緒で受験をした結果1発で突破。5年制度の高専の最後の1年間を休学する形で131期生として養成所へ入所しました(養成所卒業後に高専は卒業)
養成所時代

ボートレースを突然志しての挑戦ということもあり実際にボートを操縦した際には戸惑いの日々であり、レバーとハンドルを上手く扱い切れない当初は転覆による怪我も絶えませんでした。
しかしここで諦めることなく日常生活の行動を利き手の逆である左手で行うことで感覚を養うことに努めました。
それでも厳しい寮生活と環境に音を上げる候補生が多い中で「しんどいとかはなかった、生活しやすかった」と養成所生活の1年を振り返っており同期リーグでは1度であるが優勝戦に進出し勝率3.85にて卒業をしています。
遠かった初勝利
地元の和歌山県にボートレース場がない田上凜は「グランプリの聖地」とも呼ばれるボートレース住之江をホームとする大阪支部に所属。
2023年5月10日にボートレース尼崎でデビューもそこから初勝利を挙げたのは1年2か月後の2024年7月10日、レース数にして220走目での出来事でした。
和歌山県出身のボートレーサーが少ないことから将来的な目標を聞かれ「3年以内にG2ボートレース甲子園に出たいです。チャンスはあると思います」と宣言をしています。
チルト3度への挑戦
2025年12月より突然チルトを跳ね上げたセッティングとレースをすることを宣言。この背景には師匠である夏山亮平からの「お前はまくり差しタイプじゃない。(まくり強攻が主戦法の)高田ひかるタイプだ。チルト3度で行け!」という激があったことを明かしています。
またこの挑戦を始めたのがデビューから6期目で来期からは勝率3.80以下の選手が強制的に引退を宣告される「4期通算」の対象となるため、成績が良くても悪くても反映されないこの半年間に大きな挑戦を行うことを決断しました。
もちろんチルトを3度にしたからといって勝てるほど甘い世界ではなく、プロペラ調整、エンジン整備などまだまだ課題はありますが「あまりいない名前を売るつもりでいる」とこのレーススタイルが将来の自分への大きな投資になることを信じて若きチルト3度の女としての挑戦を続けています。


田上凜のチルトを跳ねたレース、プロペラ作りをアドバイスしているのは藤山翔大。2020年代の伸び型ブームの先駆けとして一時は一般戦はもちろん記念戦線でも無双状態となりました。
藤山翔大のチルトを跳ねた際のレーススタイルはスタートをあえて遅れさせてそこから急激に伸びる形を主体としており、田上凜のチルトを跳ねてからのレーススタイルも非常に酷似しています。
田上凜
エピソード
師弟関係
師匠

上述でも解説した通り師匠は同じ大阪支部の夏山亮平。

大阪支部の選手達がボートレース場へよく着用している「らいぱち89~感謝の気持ち~」と書かれたウエアは夏山亮平の行きつけの居酒屋の店名で店主の計らいによって製作された物となっています。
違う道を歩む2人
デビュー当時から夏山亮平と師弟関係を結んでいる田上凜ですが、この当時には姉弟子として高憧四季の存在がありました。女子戦でも共に斡旋されることの多い高憧四季は田上凜にとって頼もしい先輩であり頻繁にレースについての質問を行っていました。
田上凜の積極的な姿勢に対してこれまで感覚の部分で勝負をして来た高憧四季は思う様に教える事や伝えることが出来ない自分に日に日にショックを受けるようになり、夏山亮平との師弟関係を解消し岡村仁との師弟関係、プロペラグループへの移籍を決断。
しかし、この移籍はそれまで一人でふさぎ込むように考えてばかりだった高憧四季の心を開かせレーサーとして大きく飛躍する出来事となりました。

グループこそ違えど高憧四季について「頼れる先輩。困ったら教えてくれる」と今でも絶大の信頼を置いており、違った道を歩めど将来は大阪支部を引っ張れる存在として努力を続けています。
野球少女
小学校から中学校まで野球少女として活躍。4歳上の兄を常にライバル視しており「お兄ちゃんが出来るなら私も出来る」と始めました。
今は高校野球の観戦こそしますが、観たらやりたくなるためプロ野球には興味を持たないようにしていることを明かしています。

全国ボートレース甲子園を意識するのもこれらの経験が影響しています。
田上凜
まとめ

田上凜は、ボートレースとの偶然の出会いをきっかけに、迷いながらも自分なりの答えを探し続けてきた選手です。
高専で培った理論的思考、養成所時代の試行錯誤、初勝利までの長い時間。その一つひとつが、簡単には結果が出ない世界で自分を信じ続ける強さにつながっています。
師匠・夏山亮平の言葉を受け、チルト3度という大胆な挑戦に踏み切った姿勢からは、目先の成績よりも将来を見据える覚悟が感じられます。からこそ意味を持つ挑戦と言えるでしょう。
そうした背景のすべてが、田上凜というレーサーの現在を形作っています。和歌山県出身の数少ない存在として、そして大阪支部の未来を担う一人として彼女の選んだ「遠回りに見える挑戦」が、どこへたどり着くのか。
その過程そのものが、今後の注目ポイントとなっていきます。
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