日高逸子が現役引退を表明!さらば艇界のグレートマザー

日高逸子が2025年8月22日に自身のブログにて現役引退を表明しました。

平成初期の時代からボートレース界を長きに渡り牽引し「艇界のグレートマザー」という愛称でも知られた人気選手で女子王座決定戦(現レディースチャンピオン)やクイーンズクライマックスも制覇。

近年はF3による長期欠場や相次ぐレース中の大事故により何度も引退の危機に陥るもその度に諦めることなく復帰を果たしてきましたが、2025年4月に心身の治療を理由として休養を発表。当時は8月頃の復帰を示唆もその後斡旋が入ることはありませんでした。

今回はそんな日高逸子の波乱万丈な人生や様々なエピソードを余すところなく紹介していきます。

日高逸子
これまで

選手情報

日高逸子 写真

支部
福岡56

ボートレーサーになるまで

幼少期

日高逸子は1961年に宮崎県串間市で誕生。

父親が交通事故による後遺症を患い小学生の頃には母親が失踪。父親もアルコール中毒による入退院を繰り返し親戚宅を頼るなど兄と共に「いつかは母親が迎えに来る」と考える日々を過ごしました。

高校時代は「エースをねらえ」に憧れバレー部に所属をするも上下関係になじめず退部するなど様々な部活を転々とし、その傍らで新聞配達のアルバイトで生計も立てていました。

就職・上京

高校卒業後は銀行員として勤務も1年で退社。毎日単調な仕事や苦しい日々から自殺を考えることもありましたが、菓子職人になることを目指して上京。

上京後にもひと悶着があり最終的にはツアーコンダクターを目指すために旅行関係の専門大学へと入学をしながらアルバイト生活をし時にはサラ金からお金を借りることもありました。

その後、旅行会社に就職をするも憧れていたツアーコンダクターではなくデスクワークの日々が合わずに退社。その後、友人宅に居候をすることになった際に偶然テレビで流れていたCMにて「年収1000万円」の文字に衝撃を受けた日高逸子はボートレーサーになることを決断。

当時の規則では「17歳未満23歳以上の者は資格を有さない」という条件があったため当時22歳だった日高逸子は1度きりの養成所試験への挑戦も見事に合格をして第56期生として養成所へ入所。

これまでの活躍を考えれば意外かもしれませんが日高逸子がボートレーサーとしてデビューをしたのは24歳と遅くそれまでの人生は決して恵まれたものではありませんでした。

この世界から抜け出したい。自分の手で何かをつかみたい」ということ幼少期から考えていた日高逸子にとってボートレーサーはまさに天職でした。

養成所時代

ボートレーサー養成所 練習

同期のクラス分けでは最下位のグループに属しており自ら退所を考えることもあれば、逆に成績不振による強制退寮の危機にも陥っていた日高逸子。

しかし人の5倍以上の練習を重ね周囲の声を跳ね返す成長を見せるようになり最終的には日高逸子ら56期生を担当し当時鬼教官と言われていた本田泰三を唸らせるほどの旋回力のあるターンを習得するまでに至りました。

養成所時代の後半には同期NO1の実力者で憧れの存在だった長岡茂一が同期リーグ中の事故により血だらけの姿となった姿にトラウマを覚え恐怖心と戦う日々が続いていました。

※長岡茂一はその後、1期遅れでデビュー

目覚ましい活躍

1985年5月23日にボートレース芦屋でボートレーサーとしてのデビューを飾るとその2か月後に初勝利を達成。そしてそれから2年後には初優勝と着実にキャリアを歩んでいく日高逸子。

1989年には当時G2扱いだった女子王座決定戦(現レディースチャンピオン)の第2回大会で優勝も飾り1991年にはSG出場も経験。

日高逸子の女子王座決定戦優勝と入れ違いで引退をした元祖アイドルレーサーの鈴木弓子に変わる形でアイドルレーサーの座を獲得。実力、人気を兼ね備えこれ以降長きに渡り女子ボートレース界を引っ張り続けました。

結婚・出産

日高逸子 結婚
1996年に専門大学時からの付き合いだった井上邦博さんとの結婚を発表。日高逸子と同様に高校卒業後に一度就職をするもツアーコンダクターを目指すために退社をして同じ旅行関係の専門大学に進学と境遇が似ており、井上邦博さんは学生時代から何度も告白をしては振られるのを繰り返すもその後1995年に交際へと至りました。

日高逸子は結婚をする条件として「日高の姓を捨てない(婿養子)」になることを提示するもこれを了承。井上側の親族も既に長男が家を継いでいたことや日高逸子と結婚をしてくれるという事自体をむしろ喜び以降は日高邦博へ姓を変更としました。

日高逸子の同期である熊谷直樹は家庭に入った邦博さんを「なんてだらしない男なんだ」と当初は否定的な扱いをしていましたが、56期生の登録更新時に日高逸子と共に東京へ付き添い長女を抱っこ紐で抱えたまま挨拶をしてきた姿を見てからは「この人は凄い」と評価を改め尊敬するようになりました。

家族 フリー素材

34歳での結婚後は1997年、1999年に2人の子供に恵まれいずれも出産からわずか3ヶ月でスピード復帰。

この背景には夫となった邦博さんの存在が大きく一般企業で働く自分とボートレーサーとして活躍する妻の収入差を素直に受け入れると共に「妻にはボートレーサーとして集中をしてもらいたい」という思いから主夫として家庭を守ることを決断し育児、家庭をサポートしてくれたことも影響しています。

もし相手が違っていれば日高逸子が60歳を超え活躍をすることも恐らくは無かったであろう最愛のパートナーとの結婚でした。

日高逸子の専属マネージャーとしてスケジュールなどのサポートも常に担当。

結婚後に本の出版などの活動も行っているとはいえ、一主夫に関するウィキペディアの個人ページが作られています

2度のG1制覇と新たな目標

日高逸子 G1での活躍
2005年に初制覇時とは異なりG1へと格付けが上がった女子王座決定戦、2014年には当時新設されて3度目だったクイーンズクライマックスを制覇。

クイーンズクライマックス制覇時は53歳にして年間で4回の優勝、15回の優出、獲得賞金は4096万円と全体でも40番目、女子レーサーとしては最多賞金を獲得という大活躍を見せました

この頃から身体の不調やモチベーションの維持が非常に難しくなり始め、新しい目標を見つけては何とかそれを再燃させるの苦しい日々だったと振り返っています。

クイーンズクライマックスの優勝は現役でまだまだやれる自信を沸かせ「女子最年長レーサーになる」という目標を立てるきっかけにもなりました。

F3による長期欠場

日高逸子 フライング

2020年5月2日、新たな期が始まったばかりのこの日に1本目のフライングを切ると、その後は7月22日に2本目、そして9月5日にまさかの3本目のフライングを切ったことでF3となった日高逸子は2本目の60日間と3本目の90日間の合計150日に渡るフライング休みという事態に発展。

同年の10月29日には日高逸子と共に女子ボートレース界を牽引してきたインの鬼姫こと鵜飼菜穂子が引退を表明。目標としていた最年長女子レーサーを達成も肝心のレースに出ることは出来ないという状況に至ってしまいました。

この長期休養中に何度も現役引退を考えるようになりましたが、最年長女子レーサーという目標を達成した日高逸子は「61歳で引退した鵜飼さんより長い62歳まで現役を続けよう」という目標を設定することで危機を乗り越え2021年2月にフライング休みを消化し復帰。

初日にしていきなり1コースから1着を奪うと最終日に行われた優勝戦にも進出しました(結果は5着)

実戦勘や気持ちのコントロールが難しいとされ長期欠場をすると成績の低迷が常識のボートレースという競技にも関わらずこの出来事の翌年にはA1級への復帰も果たします。

しかしこのフライングによる長期欠場以降、日高逸子のボートレース人生はこれまで以上の波乱万丈な日々へと進んで行くのでした・・・。

相次ぐ事故・病気

2015年のボートレース戸田の優勝戦時の落水にて人生初の怪我による入院を経験した日高逸子でしたが、晩年はまさに怪我と病気の戦いの日々でした。

2021年夏頃に身体の異変を感じ病院へ行くと子宮の異常が発覚し翌月に全摘出の手術。子宮体ガンの疑いがありガンだった際は引退をすることを心に決めるも幸いなことに良性という診断が下り手術から約2か月後の2021年11月に予定通り復帰を果たしました。

2023年にはドリーム戦にて自らの妨害失格により他艇と接触し全身をプロペラで削られ顔の複数個所も負傷。あと数センチ怪我をする場所が違えば命の危険にもあったほどの事故を受けこの年は全てのレースを全休。翌2024年1月13日に復帰とファンをその度に驚かせてきました。

名人の突然の死去

2025年3月、最年長レーサーの高塚清一さん(元静岡支部)が急死。日高逸子にとって精神的なショックを与える出来事となりました。

年齢を幾つ重ねてもレースと常に向き合いピットで走り回って最終日までプロペラを叩き続ける高塚清一さんの姿は女子最年長レーサーとして活躍をする日高逸子にとっての大きな励みであり憧れの存在でもありました。

予定通りなら2025年4月に同じ節間になることも叶うことなくこの翌週にフライング休みから復帰を果たした日高逸子は復帰初日にしてまたもフライング失格。

この期2本目のフライング失格となった日高逸子は5月に行われるレディースオールスターの斡旋終了と共に60日間の再度の休みに入ることが決定するのでした。

休養・引退へ

2025年4月に心身の治療を理由に休養を発表。この直前の斡旋でもスタートで出遅れ失格(記録は選手責任外のL)と不甲斐ない内容で途中帰郷をしており予定されていた全ての斡旋を削除。

日高逸子本人はこの当時「8月10日までは辞退を出しています。レディースチャンピオンには出ません」と夏の終わりから秋頃の復帰を示唆していました。

しかし目標であった62歳を1年超える63歳まで現役を続けたこと、視力低下によるフライングの増加、身体の限界、そして尊敬する高塚清一の死・・・様々な理由が重なった2025年8月に現役引退を新聞、そして自身のブログを通じて発表しました。

通算2500勝を目標としていましたが、2023年の怪我や優勝が全く出来なくなったことによるモチベーションの低下もありこの夢は叶うことはありませんでした。

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日高逸子
エピソード

無神論者

幼少期の経験、数々の経験から日高逸子は神の存在を真っ向から否定。

神頼みは嫌い。一人じゃ生きてはいけないけれど、まずは自分自身。何もしなくて恵まれる人はいない。どんな壁にぶち当たっても努めれば必ず報われるし、恵まれる。そうやって生きてきた

と自身の連載コラムにて語っています。

師匠

日高逸子の師匠は大屋勝利さん(2010年に死去)

登録番号1000番台の選手でありデビュー当時から日高逸子と師弟関係を結んでいます。

大矢勝利さんは62歳で現役を引退もその3年後にガンでこの世を去りました。日高逸子はその際に葬儀には参加せずレースを優先。

「師匠からレースに行って来い!と言われると思った」ということで決断したこの斡旋で見事に優勝を飾りました。

日課

休みの日は朝からヨガ教室に通い心身を整え、それが終わるとお酒を飲むことを日課としています。

また釣りも趣味であり釣ってきた魚は夫の日高邦博さんがプロ顔負けの包丁捌きで調理をします。

ブログ

2011年よりAmebaブログにて「私は あきらめない」を運営。

日高逸子自身の現状報告はもちろんのこと業界関連、家族、そして他の選手に関するエピソードを10年以上に渡って定期的に更新を欠かさず行っています。

なお記念すべき第1回投稿はブログが何かも良くわからないまま始め、娘や夫に聞きながら始めたことを報告する内容となっています。

母との再会

冒頭で紹介をした幼少期に失踪をした母親とはボートレーサーとなった後に再開。

決して有名になった日高逸子に失踪してきた母親側が寄り添って来たわけではなく、宮崎県の実家に帰った際に母親が今何をしているのか気になっていたところ兄が居場所を知っており、母親となった姿を見せたいという思いから家族揃って2005年に35年ぶりの再会を果たしました

なおこの年は2度目となる優秀女子選手賞も受賞をしており「見守ってくれる人がいる」として母親への感謝の言葉を述べました。

日高逸子引退
まとめ

過酷な幼少期に始まり平成~令和の時代を盛り上げ続けた日高逸子。

多くのファンに最後の雄姿を見せることなく引退をしてしまうというのはボートレース業界ではよくある形ではありますが、やはり寂しい限りです。

数々の伝説、そして諦めることなく走り続けるその姿は日高逸子が長きに渡り所属をした福岡支部はもちろん、全ての女子レーサー達に受け継がれてほしい部分であり我々ファンも語り継ぐべき選手であると私は思っています

日高逸子選手長きに渡る現役生活お疲れさまでした。

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女子戦(レディース戦)は、男子戦と比べて展開が読みづらく、思わぬ結果になることもしばしばあります。出足や旋回力で勝る男子選手に比べ、女子選手同士の戦いは接戦になりやすく、1マークの攻防も複雑。さらに、女子選手はあえてインコースを避ける選手や、スタートにバラつきが出る選手も多く、セオリーが通用しにくいのも特徴です。

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