
ボートレースとは無縁であるはずの沖縄の地に生まれた野球少年は一体なぜボートレーサーの道へと進んだのか?
そして上原崚が抱くボートレーサーとしての目標とは・・・。
上原崚
これまで
選手情報

| 支部 | 期 |
|---|---|
| 東京 | 125 |
上原崚は2019年11月に125期生として東京支部よりデビュー。
デビュー当時からフライングを恐れない抜群のスタート力を誇っておりデビュー2期目にして平均ST0.16秒、3期目になるとこれを0.14秒まで更に詰めることに成功。
しかしスタートの良さと成績が一致をするというわけではなかったのか初勝利を挙げたのはデビューから約1年半後の2021年5月と時間を要しました。
沖縄県人らしい掘りの深いハーフ気味の顔立ちと太い眉毛から女性人気も高い選手です。
上原崚
デビューまでの道のり
名門野球部出身
沖縄県那覇市に1995年に生まれた上原崚。物心がつく頃には父親はおらず母親、弟の3人暮らしでした。
小学2年生の頃から野球を始め中学卒業後は沖縄県の野球部の名門である興南高校に進学。
この前年の興南高校と言えば島袋洋奨(中央大学~ソフトバンクホークス)を中心として春夏甲子園連覇を達成。部員は総勢150名を超える厳しい戦いの中で最後までベンチに入ることも出来ませんでした。
卒業を控えた頃に担当の教師からボートレーサーという道を提案されるも、沖縄県にはボートレース場も無ければ、2012年に那覇にボートレースアンテナショップが出来たばかりの頃ではイメージが出来ない職業への不安が優先。
上原崚はその提案を断り愛知県の中部大学へ進学するために沖縄を出て本州へと上陸しました。
後に上原崚は「本当にすごい生きましたね。僕がボートレーサーになってからは興南高校の3年間というのは、身体的にも精神的にも成長できた」と人生において重要な期間だったと振り返っています。
限界を感じ・・・

野球を続ける前提で進学をした中部大学でも出番には恵まれず自分の限界を悟った上原崚はかつて教師から言われたボートレーサーへの道を考えるようになりました。
小柄な体系はプロ野球の舞台では活かせなくてもボートレーサーならば・・・と挑んだ養成所試験を見事に1発で合格し125期生としてボートレーサー養成所へ入所しています。
同期リーグ最下位での卒業
その勝率は・・・

養成所での生活がスタートをした上原崚でしたが、なかなか思う様に行かない日々が続きでした。
その証拠として同期リーグでは125期生の中では最下位となる勝率3.00という成績で優勝はおろか予選突破すら出来ずに卒業をしています。

ちなみに125期生の養成所チャンプに輝いたのは後にボートレース界に衝撃を与えた佐賀支部の定松勇樹。
同期リーグの通算成績は勝率7.81、6優勝、5優出であったことを考えると上原崚がいかに養成所で苦しんでいたかがよくわかります。
なおこれだけ成績が伸び悩んだ背景にはボートレースに触れることが無い沖縄県出身かつ、一発で養成所試験に合格したことで詳しいことを全く知らないまま入学をしたということが関係。
粗削りな状態で養成所を生き抜いたことで後にプロになった後の成長力を大きく残していました。
初優出で初優勝!
その時同期の反応は・・・
125期の劣等生という立場で始まったボートレーサー人生でしたが、初勝利を挙げた2021年以降は天性ともいえるスタート勘と養成所時代に「迷ったら握れ!」と担当教官から教わったことを忠実に行い成績を伸ばして行った上原崚に2023年チャンスが到来します。
2023年2月に地元ボートレース多摩川で行われたルーキーシリーズに出場し予選突破に成功をすると準優勝戦で4コースからトップスタートを決めて捲り切って初の優勝戦進出を決めると、その勢いのまま行われた翌日の優勝戦では今度は3コースからの捲り差しを決めてデビューから約3年半での初優勝を達成。
女手1つで育ててくれた母親に苦労をかけた分、楽にしてあげたいと志したボートレーサーという職業で何としても活躍するべく練習に励み続け努力の末に勝ち取った初優勝でした。
他の同期達からも優勝をするとは思われていなかったのか、節間終了後に届いたメッセージは「本当にびっくりした」とお祝いよりも衝撃が優先。
「デビューしてからプロの世界の先輩たちが強くて、最初出た時はちょっとこれは成績悪いと首になってしまう」と養成所時代に続いて危機感を覚えたプロの世界で花開いた1日となりました。
念願の沖縄県代表に選出!
A2級への昇格を果たした2025年7月、初の沖縄県代表選手としてG2全国ボートレース甲子園に出場。

それまでの全6大会にて福岡支部の前川守嗣が務めてきた沖縄県代表の座を初めて違う選手が掴むことになりました。
上原崚の入学した3年間は興南高校は甲子園に1度も出場が出来なかったこともあって「甲子園」という言葉への思いは人一倍強く初優勝時のインタビューで掲げていた「そこ(全国ボートレース甲子園)で優勝なんてできたら本当にすごいことだと思うのでそれに出て優勝することです」という野望へ向けてまずは貴重な第一歩を踏み出しました。
残念ながらSGレベルの選手と交わるこの節間で上原崚は勝利を上げる事は出来ませんでしたが、初の特別戦(G2以上のグレードレース)への出場について大会前から「プロに入ったときもスピードの違いを感じたけど、またスピードの違いを感じるんだろうと思います。でもめちゃくちゃ楽しみです」と語っており様々なことを勉強する1節間となりました。
今では沖縄県代表のボートレーサーも少しずつ増え始めており、今後も出場していくためには勝率や優勝といった結果が重視されてきます。
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上原崚
エピソード
趣味
釣り・魚をさばくこと
なぜ東京支部?
上原崚は親族関係者が東京にいたことから東京支部を選択しています。
師匠
上原崚は特定の選手への弟子入りは公言していません。
目標
① 今後は桐生順平、秋山直之(元ボートレーサー)のようなスピードのある選手になる。
② 自分が活躍をして沖縄の人にボートレースを知ってほしい。
座右の銘
実ほど 頭を垂れる 稲穂かな
稲穂は実るほどに穂先が下がることを人間に例えており、偉くなればなるほど、謙虚な姿勢で人と接し態度が丁重にならなければならないという考え方。
上原崚
まとめ
ボートレースアンテナショップが誕生したことや、インターネットを通じて全国各地からボートレースが視聴できるようになった最近は沖縄県出身の選手の数も増え始めており、同郷の選手の活躍というのはそれぞれにとっても良い刺激となることでしょう。
デビュー当時から抜群のスタートセンスを注目していた私としても上原崚が年々上手くなって行く姿には楽しみを感じており、「沖縄県のボートレーサーと言えば上原崚」と言われるような選手への成長を応援しております。
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