宮之原輝紀(東京支部)<次なるエースへの道>
50歳を超えた現在でも東京支部、そして日本を代表するボートレーサーとして業界を牽引する「東都のエース」の愛称でも知られる濱野谷憲吾。
そんな濱野谷が「次の東京支部を牽引する選手」として名前を度々挙げる若手レーサーが今回紹介する宮之原輝紀である。
幼少期より意外な形でこの世界と携わり続けてきた宮之原のこれまでの活躍を今回は紹介していく。
宮之原輝紀とは
宮之原輝紀の情報を紹介していきます。
プロフィール
名前 | 支部 | 期 |
---|---|---|
宮之原輝紀 | 東京 | 118 |
宮之原輝紀(みやのはら こうき)は118期生として2016年5月にボートレース平和島にてデビュー。このレースでは6コースから0.08のトップスタートを決め4着といきなり見せ場を演出した。
そして2ヵ月後の2016年7月にボートレース戸田で早くも初勝利を挙げると翌年には優勝戦に進出、デビュー3年目の2018年6月に難水面として知られるボートレース江戸川で見事初優勝を飾った。
養成所時代の同期リーグの成績は勝率8.12(リーグ勝率1位)と将来を期待された逸材であり成績上位者にて開催される卒業記念レースの優勝戦では1号艇にも関わらずあえて6コースへと出るという目先の勝利に捕らわれずレーサーとしてデビューした後のことを意識した動きを披露。
これによって関係者の多くから「宮之原は将来大物になる」という印象を植え付けることにも繋がっていった(同じ東京支部の先輩である永井彪也も養成所時代は6コースからばかりレースをしていたことで有名)
2019年の最優秀新人選出、2022年ボートレースダービーにてSG初出場を成し遂げそのデビュー戦で白星を飾っている。
118期の主な選手
板橋侑我(4933)
宮之原を含め118期生は後のボートレース界を牽引していきそうな選手がズラリと揃う黄金世代としても知られる。
まず1人目に紹介するのが静岡支部の板橋は118期の養成所チャンプで地元浜名湖2021年、2023年に鳴門でそれぞれG1を優勝している。
中堅、ベテラン勢が元気な静岡支部に現れた次世代のエース最有力選手であり抜群のスタートセンスと広い浜名湖の水面で鍛えられた自在性の高さが武器。
栗城匠(4928)
宮之原とは同都同期にあたる選手で2021年に地元平和島でG1初優出ながら見事に優勝を飾った。
エリート街道を突き進む宮之原とは対照的に養成所試験に7度不合格という屈辱を味わいレーサーなってからも不器用ながらその反骨心と負けず嫌いな性格で頭角を現していった。
モーターやプロペラの調整についての拘りも尋常ではなく「流行りのプロペラの真似をしているだけではみんなと同じエンジンレベルにしかならない。本当に出す人はみんなが使っていないプロペラの形をしている」、「教えてくださいと言えば教われる立場だがずっと1人でやってきた。調整は常に新しい試みでやっている」と職人肌かつ一匹狼な一面も。
濱野谷憲吾は両者のセンスは高さを認めた上で「宮之原は上手い」、「栗城はパンチがある」と表現をしている。
新開航(4932)
デビュー4走目で初勝利、2018年の3年目に初優勝と宮之原と同様に早くから頭角を現していた選手。
しかし2021年には当時艇界で大きな問題となった持続化給付金の不正受給が発覚し3ヶ月間の出場停止処分を受けるという黒歴史を刻んでしまった。
その後はかつての自分と決別するべく2022年にG2の1度を含む年間10度の優勝、16度優出、125勝を挙げ最多勝利m最多優勝回数のタイトル獲得、翌2023年には常滑にてG1初制覇を達成。
出世を早めるきっかけとなった福岡支部最大のペラグループ「筑豊軍団」は瓜生正義や大山千広が所属。
瓜生とは正式な師弟関係にこそないが誰よりもレースについての相談をする関係となっている。
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人物相関図
ハイレベル世代の一員である宮之原輝紀の人物相関図をここからは見ていきます。
師弟関係
師匠を務めるのは東京支部の「ドラゴン」の愛称で知られる山田竜一。
デビュー当初から弟子入りを果たしておりプロペラ、エンジンの整備、レーサーとしてのイロハを宮之原へと伝え成長の一役を買った。
近年薄毛に悩まされていたが2023年に飲むタイプの育毛剤を服用したところ髪の毛がふさふさになり治療に成功した。
父親は元整備士
父親はボートレース平和島にて整備士を担当していた変則的な2世レーサーで宮之原がボートレーサーになるタイミングで整備士を引退している。
実家はボートレース平和島から自転車で10分程度の距離に位置しており小学生の頃に「生で観たレースがかっこよかった」とボートレーサーを志すようになった。
エピソード
最後に宮之原輝紀にまつわるエピソードを紹介していく。
趣味・特技
趣味は競馬とサーフィンでJRA騎手の松若風馬とは「風ちゃん」と呼ぶほどの友人関係にある。
サーフィンを通じて峰竜太、羽野直也、野中一平など全国各地のボートレーサーとの交流の場を広げていった。
小学校から中学生まで8年間に渡って野球チームにも所属をしていた中で礼儀を学び自然と身に付けておりインタビューでのきれいな言葉遣いや丁寧な口調はファンから聞きやすく話し方が上手いと高い評価を受けている。
養成所3度不合格の真相
養成所入寮後はその高い才能を関係者から評価されていた宮之原だが意外にも養成所試験で3度の不合格を経験している。
養成所に入るためにはまず一次試験にて高校入試レベルの学科試験と基礎体力を測る体力試験が行われその後二次試験、三次試験へと進むのだが宮之原はこの学科試験に苦しみ3度の不合格を経験した。
しかし4度目の挑戦で見事に学科、体力の一次試験を突破すると持ち前の運動能力でとんとん拍子に養成所への入寮を果たした。
レーススタイル
自在なレース運びを得意とする選手ではあるがアウトコースから勝利を納得する形で決めることに強いこだわりを持つ。
一般的に内であるほど有利とされるボートレースにおいてアウトコースからの勝利が可能となるためその為にはどうしたら良いのかを考えながら調整、イメージトレーニングを行っている。
ただし勝利を追い求めると同時に負けたときのことも考え気分を落ち込ませずに一晩寝たらすべて忘れて翌日のレースに切り替えるメンタルコントロールも欠かさないようにしていることを明かしている。
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まとめ
早くからその才能は関係者、そしてファンからも注目と高い評価を受ける宮之原。
しかし周りの同期、そして後輩レーサーまでもが次々とG1レースを優勝していく現状に対して「成長が止まっているのが今の課題」と口にすることも・・・。
そんな宮之原がビックタイトルを獲得した時こそ「東都のエース」の全盛期から時代が止まり続けている東京支部の時計の針が動き出す瞬間となるのかもしれません。
まだまだレーサーと人生は始まったばかりの宮之原輝紀の今後の活躍が楽しみなばかりです。
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