石渡鉄兵(東京支部):江戸川を愛し江戸川に愛された男
石渡鉄兵は東京支部に所属するボートレーサー。
「江戸川鉄兵」とも称される難水面巧者であり、息子もボートレーサーとして活躍する人気選手のこれまでを紹介していきます。

石渡鉄兵の経歴
江戸川での輝かしい伝説

選手情報

藤原仙二 写真

支部
東京74

幼少期


石渡鉄兵は千葉県市原市出身。鉄兵という名前は「俺は鉄兵」の主人公の上杉鉄兵です。

※俳優の小池徹平は漢字こそ違いますが同じ理由で名付けられています

当初の夢はジョッキーになることでしたが、体重の問題で断念し千葉県立木更津高等学校へ進学。
高校卒業を間近に控えた時に父親からボートレーサー養成所のパンフレットを渡され即決断し入学試験を受け合格。

74期生として当時の本栖養成所へ入所をしています。

養成所時代

優等生であまり怒られるタイプではなかったという養成所時代。
自分たちの代わりに誰よりも目立っていた最年長の花田和明が全てを背負っていました。

そして最年長が穏やかな盛り上げ役の74期は他の期と異なり当時から年齢の差や優劣が無く穏やかな一風変わったメンバーが集結。
「全員で協力して卒業をしよう」という目標へ向かった達成感と結束は今でも選手達を結び付けています。

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卒業時のパンフレットに記載した「何事も一生懸命です」という言葉は石渡鉄兵の座右の銘。

仕事はもちろん、プライベートも全力でやりたいという思いが込められています。

 

僕は江戸川が大好きです!

東京に3場あるボートレース場の中から石渡鉄兵がホームプールとして選んだのは千葉県と東京都の県境に位置するボートレース江戸川でした。
ただしボートレース江戸川はその危険性から新人選手がデビューをすることが出来ないため1994年5月のデビュー戦はボートレース多摩川にて行われています(結果は6着)

この日の新人選手の挨拶にて壇上に上がった石渡鉄兵は開口一番「僕は江戸川が大好きです。将来は江戸川で勝てるような選手になります」と宣言をしたことで関係者やファンが困惑。
会場中がざわついたと本人も苦笑いで振り返る逸話を残しています。

この発言から2か月後の1994年7月に初勝利を達成し1996年5月に初優出、その2か月後に初優勝をそれぞれボートレース江戸川にて達成と江戸川鉄兵への道を早くも歩み始めました。

江戸川タイトルを総なめに

石渡鉄兵 江戸川

2010年ボートレース江戸川の周年記念である江戸川大賞にてG1初優勝を達成。その2年後の2012年にも王者に輝いています。
その他にも2023年にG1関東地区選手権、2025年にG2江戸川634杯とボートレース江戸川の特別戦、正月開催、GW開催、お盆開、江戸川巧者達による番長シリーズでも優勝。

2025年に前人未踏の江戸川グランドスラムを達成した際には表彰式で会場中から大歓声が上がりました。

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2022年に史上161人目となる通算2000勝を達成したのもボートレース江戸川。

斡旋回数の多さもありますが、ボートレース江戸川は石渡鉄兵を語る上で欠かせなボートレース場となっています。

江戸川翔一郎

息子の石渡翔一郎は2022年に131期としてデビュー。
自身と同じく千葉県市原市で育ち千葉県立木更津高等学校を卒業後に養成所へ入所をすると、超豪華メンバーが集結した131期生の養成所チャンプとして高い期待を受けていました。

デビュー後しばらくボートレース江戸川を走ることはありませんでしたが2023年7月に待望の初登場を果たすとデビュー戦から2着と好走。
2度目の斡旋では勝利を飾り若き日の父と同様にボートレース江戸川での適性を早くから示しました。

石渡鉄兵 石渡翔一郎

そして翌年1月の正月開催「第42回新春金盃だるま家カップスタ展10時10分!」にて親子同時斡旋が実現。

予選2日目には早くも親子対決が行われ6号艇の石渡翔一郎が3号艇の石渡鉄兵に先着。
実況の平山信一も思わず「パパより先に前に出ました」というフレーズが飛び出すこの勝負は会場に集まったファン達を賑わせました。

そしてこの戦いから2年後の2026年の「第44回新春金盃だるま家カップスタ展10時10分!」では1号艇に石渡鉄兵、5号艇に石渡翔一郎による親子優勝戦が実現。
石渡翔一郎の使用するモーターはこの前年9月に石渡鉄兵をG2江戸川634杯で優勝に導いたモーターでスタートから仕掛けるも不発に終わり今度は父親がその威厳を示す優勝となりました。

関東圏以外での初タイトル

デビューから長らく関東圏(江戸川、平和島)以外でG2以上の特別戦のタイトルがありませんでしたが、2024年にボートレース蒲郡の周年G1であるオールジャパン竹島特別を制覇し初の関東圏以外でのタイトルを獲得しました。

翌年にはボートレース福岡の周年G1福岡チャンピオンカップにて優勝。
この際は一度2号艇の篠崎元志の差しが決まるも4号艇の宮地元輝の気合いが空回りする形で篠崎元志に競りかけ篠崎元志が大きく振りを受けその間を突いて抜き返しに成功する場面もありました(篠崎元志は転覆により失格)

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この頃から石渡翔一郎のデビューによりモチベーションが上昇。
レーサーとなってからも一緒に暮らしていたため、家ではプロペラやエンジンはもちろん、リプレイを観ながらアドバイスや助言を聞かれることを楽しそうに語っています。

石渡鉄兵 エピソード

師弟関係

師匠

正式な師弟関係を結んでいません。

この当時、ボートレース江戸川を主戦とする面々は桑原淳一がトップを務めるTMR(とっても まぬけな レーサーズ)に所属をしていましたがそこに入ることなく様々な選手から意見を聞きつつ独自に成長を続けていきました。

弟子

一方でデビュー早々に自らが監督ポジションとなるプロペラグループTASKを結成。
TASKとはこの後に紹介する3名の弟子と石渡鉄兵の頭文字を取りグループ結成から時間が経過し名付けられました。

千葉県出身、東京支部所属選手達の窓口として多くの選手、プロペラ支部内での師弟関係が誕生しました。


1人目の弟子が作間章。
石渡鉄兵とは8期違いであり養成所チャンプの看板を背負いデビュー。

父親が石渡鉄兵の大ファンであり弟子入りを志願。
当時は人に教えるというよりもライバル的な存在として師弟関係を結びました。

これ以降の弟子たちは石渡鉄兵が監督して見守ったり優しく助言をする。
作間章が厳しく接しコーチとして接するという関係が出来上がりました。

石渡鉄兵 弟子

2人目の弟子が若林将。
作間章があまり江戸川を走らないため石渡鉄兵の愛弟子=若林将と連想するファンも多いのではないでしょうか?

こちらも作間章と同様に父親が石渡鉄兵のファンでありその影響から弟子入りを志願しています。

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若林将はその後、石渡鉄兵の息子の石渡翔一郎と師弟関係を結んでいるため、父→弟子→息子とそのノウハウを受け継いでいます。

石渡鉄兵 弟子

3人目の弟子が安立かなえ。
若林将とは同期ありその後両者は結婚をしています。

2015年7月のレースを最後に現役を引退しています。

石渡鉄兵 弟子

4人目の弟子が荒井翔伍。
TASKとグループ名が決まった後に弟子入りを果たした選手です。

ムードメーカーでオープニングセレモニーでは「あらいしょうご~あらいしょうご~あ・ら・い・しょうご!」と歌って踊るパフォーマンスを披露。

一方で抜けている部分も多く、ある節間にて工具を借りたまま返さず清水沙樹が激怒。
壁ドンをされながら号泣していたことが熊谷直樹より暴露されています。

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荒井翔伍と同期の佐藤大佑はコーチ役である作間章と師弟関係を同時に結成。

これ以降は石渡鉄兵が師弟関係を結ぶことはなく、弟子たちが新たに師弟関係を結びながら主に千葉県出身のボートレーサー、そして江戸川巧者達による一大組織が完成していくのでした。

江戸川に関する金言・伝説

「江戸川鉄兵」と称されるほど艇界きってのボートレース江戸川巧者である石渡鉄兵。
記念レースの初日の選抜戦(ドリーム)の不動の1号艇であり、嫌いな選手が多いとされるこの水面を乗りこなす秘訣を多くのメディアにて語っています。

ここではその一部を紹介していきます。

江戸川で強い理由

ボートレース雑誌「マクール」にて自身がボートレース江戸川で強い理由を聞かれた際に以下のように回答をしています。

江戸川で強いのは、走ってる数が多いからだと思いますよ。

もう流れとかも大体こんなもんかなみたいのは分かってるんで。正月戦はみんな地元なんであまり差はないんですけど、記念とかだと、よその支部と地元では走り慣れてることがやっぱり差が出るかなと思うので、そこを舟券購入の参考にしてもらいたい。

正直、差は相当あると思います。地元のアドバンテージはありますからね。

旬レーサー 石渡鉄兵(東京)

江戸川は怖くないのか?

中川の河川敷かつ東京湾との境に位置するボートレース江戸川。
強風、高波、うねりと気象状況に左右されやすいこの水面は選手に対して恐怖感を与え転覆などの事故も珍しくありません。

これらについて聞かれた際に石渡鉄兵は以下のように回答をしています。

怖がってスピードを緩めすぎると波に翻弄されるので、レバーを握っていく必要があります。

できれば波の頂点から頂点へ飛んでいくイメージです。

ファン感謝3Days ボートレースバトルトーナメント 主役「江戸川鉄兵」が6枠!

そしてこのコメントの最後には「ファンの皆さんが江戸川鉄兵と呼んでくれることは、自分にとって光栄です」とも語っておりファンの声援や期待が最後の最後まで諦めない走りを実現させています。

石渡鉄兵から見た江戸川巧者とは?

スポーツニッポンの取材にて江戸川のプロから見た江戸川巧者を聞かれた際に石渡鉄兵は以下のように回答。

地元では佐藤大佑、渡邉雄朗。福来剛も強い。
大佑が直線でかぶれないと厳しい水面です。

他地区では山口達也が波の天才。波を叩きつぶすように握れますよね。

特にチルト2度の乗りやすくない伸び仕様で荒れ水面を乗る佐藤大佑は凄い。
時に勢い余って転覆することもあるが、臆することなくハートが強い。

【ボートレースコラム】石渡鉄兵 荒れ水面の申し子が一目置く“波乗り巧者”はこの4人だ

語り継がれる伝説の道中戦

JLCにて石渡鉄兵に関する名レースを募集したところG1優勝などを差し置いて選ばれたのが2023年の関東地区選手権2日目の予選という珍事が発生。

このレースでは1周目1マークを抜け出した時点で最下位に付けていた石渡鉄兵がターン毎に着順を5位、4位、3位と上げて行き3周目2マークでは遂に2着でゴール。
本人の中でもモーターが出ていると確信するレースだったらしく、レース後には出走していたメンバーに「(モーターが出過ぎて)ごめんね」と謝りました。

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ボートレース江戸川の指定席でこのレースを観ていましたがあまり大声を出さない指定席のお客さん達が拍手や歓声を上げるほど衝撃的なレースでした。

物真似番組に出演

元ラグビー日本代表の五郎丸歩に似ているとして話題となり2015年には日本テレビ系列の素人参加企画の物真似番組にも出演。
職業を聞かれ「ボートレーサーをしている石渡鉄兵と言います」と答え大反響を呼びました。

その後もイベントやトークショー、勝利者インタビュー時に吾郎丸ポーズを披露。
それに備えて宿舎で事前に練習をすることもあったと語っています。

なおこの当時の行動は黒歴史なのではないか?という説も・・・。

断固たる決意

オープニングセレモニーでは「断固たる決意で走ります」と宣言をするのが恒例となっています。

これは石渡鉄兵のボートレーサーとしての信念であり「自分より強い人や、エンジンが出ている人が相手でも、走る前から負けたくない」という意味が込められています。

東京支部として戦う選手達のスローガンでもあり地元開催やSGでは「東京支部総勢~名、断固たる決意で走ります」と宣言することもあります。

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息子の石渡翔一郎の座右の銘は「勝って驕らず負けて腐らず」

結果が出た時でも思い上がらず謙虚さを保ち、悪い結果でも卑屈にならず次への糧にする、という意味があります。

石渡鉄兵 まとめ

難水面を乗りこなし期待に応え続ける石渡鉄兵。
今後これほどまでに江戸川という水面に愛し愛される男が果たして誕生するのか?と思ってしまうほど無類の強さを誇っています。

50歳を超え今なお新たなタイトルも獲得し続けるベテランはこれからもファンの期待と声援に応えてくれるでしょう。

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