笹川良一物語~ボートレースの生みの親の生涯~

 

笹川良一は日本の公営競技の一角を担う「ボートレース」の生みの親です。
今では全国各地で開催され、地域経済やスポーツ文化の一部として定着しています。

しかし、この競技が誕生した背景には、単なる娯楽や賭け事では語り切れない数々の苦悩と戦後日本が抱えていた現実がありました。

笹川良一とは?


笹川良一は大阪府三島郡豊川村小野原(のちの箕面市小野原)にて誕生。
戦後に競艇(現ボートレース)の誕生に活力を注ぎ財団法人日本船舶振興会を設立。

1974年に誕生したSG笹川賞(現ボートレースオールスター)は笹川良一のモーターボート競走設立を讃えその名が付けられました。

晩年は世界的なハンセン病の撲滅にその人生を注ぎ1995年に97歳でこの世を去っています。

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戦後のフィクサー・政財界の黒幕・右翼のドンなどその生涯は良くも悪くも語られています。

戦後日本という舞台

第二次世界大戦が終わった直後の日本は、物資不足、失業、財政難という三重苦を抱えていました。
人々は日々を生き抜くことで精一杯であり、国や地方自治体もまた、安定した財源を確保できずにいました。

笹川良一が目にしていたのは、そうした復興の途上にある日本の姿でした。
彼は「理想論」ではなく、「現実として人が集まり、金が動く仕組み」が必要だと考えていたのです。

なぜ“ボートレース”だったのか

モーターボート
笹川良一は収容中に看守から借りたというアメリカの雑誌に掲載されていたモーターボートの記事を読みます。
水面を高速で走るボートは、当時の日本ではまだ珍しく、強いインパクトを放っていました。

「これなら、日本でもできる」

「海に囲まれた国、日本にこそ向いている」

そう直感した笹川は、モーターボート競走を単なる娯楽ではなく、
新しい産業と財源を生み出す仕組みとして構想します。

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笹川良一はこの当時GHQによって第二次世界大戦のA級戦犯として巣鴨刑務所(別名 巣鴨プリズン)に3年間収容。
獄中では厳しい体罰が繰り返し行われていましたが、決して弱音は言わなかったと語り継がれています。

法整備という最大の壁

釈放後に早速動き出した笹川良一。もちろん、思いつきだけで競技が誕生したわけではありません。
公営競技として実施するためには、法的な裏付けが必要でした。

笹川は関係者や政治家と調整を重ね、1951年、
「モーターボート競走法」が成立します。

これにより、ボートレースは国の管理下で行われる公営競技として正式にスタートしました。
収益の一部は自治体へ、そして社会福祉や産業振興へと還元される仕組みが作られたのです。

ボートレース発祥の地・大村

ボートレース大村

ボートレース開催の条件が整うと、その情報は全国の自治体へと広がっていきます。
中でも波の穏やかな大村湾を擁する大村市は、この新たな公営競技に大きな可能性を見出していました。

戦災による被害が大きかった大村市では、ボートレースを起点とした財政再建に市民の関心も高く、市の関係者は一丸となって誘致活動を展開。
佐世保市や時津町など、県内の複数自治体が名乗りを上げる中、熱意ある働きかけが次第に有力者の心を動かしていった。

その結果、大村市は数ある競合を押しのけ、全国で初めてボートレース開催地として選ばれることとなります。
開催決定後は準備が急ピッチで進められ、
競走法公布から約4カ月という短期間で大村ボートレース場が完成。
レーサーの養成もわずか1カ月という、まさに手探りのスタートでした。

歴史的第一歩

日本最初のボートレース

記念すべき初開催は1952年(昭和27年)4月6日
快晴の空の下、祝賀の花火が打ち上げられ、
近郊はもちろん遠方からも多くの観客が詰めかけました。

技術やルールが未成熟な時代ながら、
初日から場内は歓声に包まれ、
ボートレースの未来を感じさせる船出からボートレースは今日まで至っています。

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ボートレース大村はこの事から「ボートレース発祥の地」と呼ばれておりモータボート誕生祭というG2レースが毎年実施。
選手に振り分けられる登録番号の1番は笹川良一となっています。

ギャンブルか、社会事業か

 

笹川良一は、ギャンブルに対して理想論を語る人物ではありませんでした。

「人間には賭けたいという欲求がある」

「ならば、それを野放しにせず、公益に使うべきだ」

彼の思想は一貫しており、ボートレースもまた、
現実を直視した上で生まれた社会システムだったと言えます。

母を背負い、祈りの階段を登った日

笹川良一 母背負い

笹川記念会館、船の科学館、全国の競艇場や関連施設には、
一体の像が設置されている。
それが「孝子像(こうしぞう)」である。

この像は、笹川が59歳のとき
82歳になる母・テルを背負い
香川県の金刀比羅宮へ参拝するため、
785段の石段を一段ずつ登った姿を表したものとされている。

母背負い
宮のきざはしかぞえても
かぞえつくせぬ母の恩愛

この歌は、笹川が母への感謝を込めて詠んだものとして知られる。
階段の段数は数えられても、
母の恩だけは数え尽くせない――
それが彼の実感でした。

笹川が自らの施設や関係先にこの像を置かせたのは、
自身を顕彰するためではなく、
「人として最も基本的な徳」を示す象徴としてだったと語り継がれています。

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中村獅童がボートレース公式CMにて母親をおんぶし走るシーンはこれの再現となっています。

 

「世界は一家、人類は皆兄弟」という思想

笹川良一 人類みな兄弟
笹川良一を語るうえで欠かせない言葉があります。

世界は一家、人類は皆兄弟

この言葉は、彼の国際的な社会貢献活動や、
福祉・医療・教育分野への支援の根底にあった思想を端的に表している。

母という最も身近な存在への絶対的な感謝
そこから広がる、人類全体を家族として捉える視点。
笹川の思想は、極めて私的な感情から出発し、世界へと拡張していったものでした。

ボートレースは何を残したのか

ボートレースは、単なる勝ち負けの世界ではありません。
その収益は、地方自治体の財源となり、社会福祉や産業支援へと還元されてきました。

笹川良一が作ろうとしたのは「レース」ではなく、
戦後日本を支えるための仕組みだったのかもしれません。

ボートレースを見るとき、少しだけその背景に思いを巡らせてみてください。
水面の向こうには、戦後の混乱期を生き抜こうとした人々の、
そして一人の男の思想が、今も静かに流れ続けています。

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