
「マルトレ」と呼ばれるトレーニング方法はその界隈でも高く評価。心身を鍛え続ける個性派集団滋賀支部のエース格の1人です。
丸野一樹の経歴
SG制覇が最も近いと言われた男のこれまで
選手情報

| 支部 | 期 |
|---|---|
| 滋賀 | 109 |
幼少期
丸野一樹は京都府伏見市出身。
野球を長らく続けており高校は愛媛県の名門である今治西高校に進学。
後に志すことになるボートレーサーについても「君は小柄だから、レーサーになってみたら?」と小学生の頃から周囲に勧められていました。
驚異の減量方法で学んだ失敗と経験
高校時代まで野球を続けて来た丸野一樹ですが、ボートレースびわこでレースを観たことをきっかけにボートレーサーになることを志します。
当時70kgあった体重を約15㎏落とす必要があり、本人もこの頃は「食べることが大好きだった。完全な肥満体系だった」と振り返っています。
野球部引退後の夏休みの期間は知識もないままカロリー制限とランニング、サウナ通いで結果として15㎏の減量に成功。
しかし、立ち眩みと栄養失調や白はん症と呼ばれる白髪が生え始める事態となり2学期に学校へ行くと「丸野が病気になった」とクラス中がざわつくことになりました。
そして、この減量は結果として体重よりも筋力や免疫力を落としてしまい、試験直前にはインフルエンザも発症し何も力を発揮できないまま1度目の試験を落ちています。
この反省と食べるのが好きな自分でも目標を立てれば実現できるという手応えを得ると半年後に2度目の試験を受け合格。
109期生として養成所へ入所をしています。

2度目の試験までの半年間はトレーニングジムに通いながら筋力を落とすことなく体重を安定させることに着手。
この時にお世話になった「八木スポーツジム」はボートレーサーになった後も長年の付き合いが続いています。
養成所時代
養成所に入ってからは55㎏以下の体重を常にキープする必要があったため、1年間を通してランニングやサウナでギリギリの体重をキープ。
常時40~50度ある濡れた服を乾かすために使用する乾燥室内を同県同期の片橋幸貴らとグルグル走り回っていたと当時を振り返っています。
同期リーグでは優出4回、勝率6.21と好成績を記録。
ただし4000番台以降では初となるデビュー2期目でのB1級昇格者がいなかったことから、109期は低レベル世代と当初は揶揄されていました。
デビュー戦初勝利
2011年11月6日にボートレースびわこの1Rでデビュー。
6枠、6コースからの発進ながらトップスタートを決めるとそこから一気に捲ってデビュー戦でいきなり初勝利を達成。
この当時2連対率47%を記録していたエース格のモーターを引き当てたとはいえ地元のファンに将来の活躍を予感させました。
その後は2015年に初のA級昇格を果たし、2016年に初優勝を達成しました。
G1戦線で台頭
2019年に地元のびわこの周年G1を制覇すると翌年には唐津で2度のG1制覇。
この年はボートレースダービーを除く全てのSGに出場し年間では6度の優勝を達成。
完全に一般戦では別格の選手に成長し翌年から記念戦線が活躍の主体となります。
グランプリ優出も・・・
迎えた2021年は年間3度のG1優勝を飾り充実した1年を過ごすと年末には初のグランプリ出場を達成。
トライアル1から勝ち上がり続くトライアル2でも1号艇の座を峰竜太と競り合い最終的には2号艇で出走。
しかし、迎えた大一番は峰竜太の転覆と妨害失格に巻き込まれる形で選手責任外の失格。
本人、ファンどちらも不完全燃焼な結末となりました。

この年は試運転中の転覆で指を3本骨折するアクシデントを経験。
そこからわずか1カ月での脅威の回復を果たしましたが、その裏では朝から晩までリハビリを続けた努力がありました。
2節連続G1優勝
2022年もグランプリ出場を果たすも、初日トライアルでまさかのフライング失格。
これによりグレードレースの斡旋が停止してしまったことを機に翌年以降のリズムが崩れてしまいました。
しかし2024年9月に三国で行われたG2モーターボート大賞を優勝。
これを皮切りにして続く地元びわこの周年G1で優出、徳山の周年G1と浜名湖の周年G1を2節連続で優勝する覚醒状態へ突入。
残念ながらグランプリ出場をあと一歩のところで逃してしまいましたが、秋口まではグランプリ圏外を彷徨っていたところからの脅威の大捲りで見せ場を作る1年となりました。
遂に訪れたビックチャンス

2025年に9度目のG1制覇を達成。
年間全てのSGにも出場し予選突破3回と活躍。
これだけG1を勝てるのにどうしてSGでは優勝できないのか?と誰もが思い続けた丸野一樹に遂にビックチャンスが到来します。
2026年5月に行われたSGボートレースオールスターで予選をトップ通過。
この節間はバイオ燃料と呼ばれる新しいガソリンの調整にトップレーサーが四苦八苦する中、約1年前から試験的にボートレースびわこで導入されてきた恩恵もあり同じく滋賀支部の遠藤エミとシリーズリーダーを競い合いました。
準優勝戦では遠藤エミ、そして地元の河合佑樹と相次いで敗退という重い空気の中、逃げ切りを決め絶好枠を死守。
迎えた優勝戦でも0.04秒のトップスタートから一気の先マイ押し切りを決めると後続艇でトラブルこそありましたが自らは堂々の主役として先頭でゴールイン。
待望のSG優勝をこのタイミングで遂に達成するのでした。

他人への関心が薄い守田俊介からも
「能力はSG級。チャンスが来てそれを獲るだけ。こんな俺がたまたまSG2つも獲れてるんだから、お前が獲れないわけがない」
と以前から期待を寄せられていました。
丸野一樹 エピソード
師弟関係
師匠

丸野一樹の師匠は同じ滋賀支部の吉川昭男です。
「丸野もすっかりSGを走るようになって、いろいろな面で追い抜かれている。だけどまだまだ偉そうにしていたいからね(笑)」と弟子の活躍を喜んでいます。
弟子
弟子は同じ滋賀支部の藤原仙二。
デビュー前から豪快に握ってうねっているびわこの水面を走る姿に馬場貴也と共に「あんなこと怖くて出来ない」と言わせた恐れ知らずの一面がある選手です。
滋賀支部内や同期達からも相当な変わり者であることが明かされており、JLCが企画したアンケート企画「いちばんヤバイレーサー」で1位の座に輝きました。
結婚
2017年にミス東スポを務めた藤井奈々と結婚を発表。
取材を機に知り合った両者は同じ京都府出身であることや、藤井奈々の趣味がボートレースであったことから意気投合。
この結婚を機に藤井奈々は芸能界の引退を発表しています。
マルトレ
「MARUNO Conditioning Gym」という自らがアンバサダーを務めるジムを開設。
パーソナルトレーナーの資格も獲得しており、自身のYouTubeやSNSでは「マルトレ」と題し健康的に痩せたり、身体を整えるトレーニング方法を実践式で紹介。
ターン力の向上はもちろん、「これだけやっているのだから結果はついてくる」というメンタルの強化はトップレーサーになれた大きなきっかけとなりました。
マルトレの信者は業界内にも多く、来田衣織(兵庫)はトレーニングに通うことを理由に滋賀県へ移住を決断しています。

2025年にはびわこ湖マラソンで42.195kmのフルマラソンにチーム滋賀支部として初挑戦。
レース翌日の参戦ながら4時間14分52秒で見事に完走を果たしました。
個性派集団滋賀支部のツッコミ担当
守田俊介を筆頭に上の世代も下の世代も個性派ばかりの滋賀支部。
その中では馬場貴也と共に数少ないツッコミ担当。
丸野一樹 まとめ
丸野一樹は、減量の失敗や大舞台での不運、フライングによる挫折を経験しながらも、そのたびに努力で栄光を遂に掴みました。
レースへの探究心はもちろん、「マルトレ」に代表される徹底した自己鍛錬は多くの選手にも影響を与えており、その姿勢こそが丸野一樹最大の強みと言えるでしょう。
滋賀支部のエースとして活躍を続け、2026年には待望のSG初制覇も達成。心身を鍛え続けることで頂点へ辿り着いた丸野一樹のこれからも更に楽しみですね。
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